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懸賞 懸賞

ランビエール、トロントで合宿開始

懸賞 2009年 07月 31日 懸賞

7/30付けLe Matinにトロントで合宿を開始したランビエールのインタビューが載りました。
自信のない部分もあるので、TSUGUMIさんのブログを是非ご覧ください。


僕は4位になるために戻ってきたわけではない。

トロントで、ステファン・ランビエールは良いアドバイスを受け、理想的なコンディションと雰囲気に恵まれている。フィギュアスケートの世界選手権で2回の王者、オリンピックでの銀メダリストが本当に戻って来た。

「今、目が覚めました。これから練習に行きます」
昨日(7/29)の午後、トロント時間の朝7:30に、競技会からの引退を宣言してから9ヵ月後の7/25に復帰を決めたステファン・ランビエールに電話がつながった。カナダでは47歳のBrian Orser - 1987年の世界チャンピオン、1984年と1988年の2度のオリンピックの金メダリスト - のもとで練習を始めた。
「グループには、今年の世界選手権で優勝した韓国のヨナ・キムもいます」
ランビエールは1日に2回練習をしている。
「こんな調子で練習し、1日の終わりにはフィジオテラピーを受けています」

あなたが復帰を決めた理由は何ですか?
自分の健康状態を鑑みたんです。アイスショーのツアーで周っている間に、トロントで1人のフィジオテラピストと出会いました。4月の終わり、5月の初めごろでした。彼女の処置がとても役に立ちました。その後も僕は彼女の処置を続けることができました。"もし私が必要なら、その場に行くわよ"と彼女は言ってくれました。6月に彼女に再会しました。このような解決法を見つけてくれたのは彼女です。

彼女はどのようにしてあなたの健康を改善したのか教えてもらえますか?
彼女は最初に、ケガを治すための魔法の杖は持っていない、と言いました。ストレッチと筋力アップのための練習をしています。それに、内転筋にかける負担を少なくするスケート靴の位置も見つけました。競技から引退した原因は、この内転筋の問題だったのです。

それでは、たとえばスイススケート連盟(USP)や国際スケート連盟(ISU)からの影響は受けなかったのですか?
正直に言うとありません。僕は自分で選んだ道を歩んでいます。復帰の決断をしたのは、僕自身です。身体的には健康であることが必要でした。自分の体が、今後の人生でもより強い状態であると感じたかったのです。去年の12月から、長年のフィジカル・トレーナーのMajda Scharlとローザンヌで練習していました。去年の冬から今日まで、たくさんのショーに参加しました。体調を整えていなければならなかったし、質の高いプログラムを演じなければならなかったのです。

あなたのケガは、今ではコントロールできる状態なのでしょうか?
はい、これまでやってきたことのおかげで。去年の夏には、週に2、3回しか練習できませんでした。今では、毎日練習ができるようになっていて、これが大きな違いです。やっと、今後の練習の計画を立てられるようになりました。

何週間か前に、(復帰のための)扉は開いている、とあなたは私たちに言いましたね。その上、自分の宿泊地を知らせるアンチドーピング・コントロールのプログラムはいまだに止めていない、とも言っていました。これらすべてのことは、いつの日か復帰するということと関連した、明らかなサインだったのではないのですか?
でも僕の引退は決定的なものだったんです。その件に関しては疑いはありませんでした。治療に専念しなければならない局面でした。その後、この出会いがあったのです。良い練習ができるようになったのは事実です。この改革は段階を追って成されました。一度も期限を設けませんでした。自分にプレッシャーはかけませんでした。自分のケガを治しました。時間をかけました。

せっかちな完璧主義者であるあなたとしては、時間をかけなければならないのは簡単ではなかったのではないですか?
はい、僕は辛抱強くなることを学びました(笑)。健康であることの価値やそれがいかに大事かということを知るためにね。健康があってこそ、毎日動き回ることができるんですから。(註:ランビエールは膝の筋にいくつも、特に靭帯に大きなケガを負っている。)自分のことだけを考えています。だれでもがその結論に達するでしょう。

復帰宣言の後、たくさんのメッセージを受けましたか?
確かにそう思います。僕のコンピュータの調子がちょっと悪くて、ネットにつながらなかったんです。電話ではよく話しました。(訳註:訂正しました。)

一時的にせよ、競技から引退すると決めた時、何が一番欠けていましたか?
練習する能力、練習です。以前は詳細に自問自答しました。体調はいいのか?何かまずいことはあるのか?と。今では違います。自分が前進できることがわかります。それに僕は試合が好きなんです。ずっと試合が好きだったんです。また試合に出られるということがうれしいです。

エフゲニー・プルシェンコ(トリノオリンピックの1位、ランビエールは2位)が試合に復帰するという決断は、あなたに影響を与えましたか?
いいえ。彼は彼の道を歩んでいるのです。僕は自分のやるべきことをやっているのです。彼とまた対戦するのは興味深いですね。また彼と戦う準備ができるのはうれしいですよ。

まもなく彼と対戦することに対する不安や恐れはありますか?
いいえ。どうして恐れなければならないのでしょう?慎重になって、自分の体の声を聞く以外は、特別な恐れはありません。カナダから戻ったら、ジュネーヴのPeter Grütter先生のところで練習します。

フリー・プログラムはタンゴですが、ショートは?
出来上がりつつあります。プログラムの骨格は間もなく出来るでしょう。いつものように、特別なキーポイントのあるクラシックを選びました。

では、あなたは4位になるために復帰したのではない・・・。
ええ。表彰台に乗るためになるために戻って来たのです。(訳註:訂正しました。)

by ciao_firenze | 2009-07-31 23:40 | フィギュアスケート

『大聖堂 果てしなき世界・下』

懸賞 2009年 07月 29日 懸賞

f0179663_2034544.jpgケン・フォレットのベストセラー『大聖堂 果てしなき世界』を読み終わりました。

前作『大聖堂』では、信仰だけでなく教育面でも町の人々の心のよりどころとなっていた修道院が、200年後には古色蒼然たる頑固な保守派の牙城の象徴として描かれていたのが一番の違いです。
私利私欲に走る高位聖職者、イギリスとフランスの100年も続く戦争、騎士・伯爵などの支配階級の残忍さ。これらに加えて、冷害による凶作、1348年にヨーロッパの全人口の三分の一から半分が死んだというペストの猛威、と、農民、商人などの一般庶民は生きていくのがいかに大変だったかと感じました。

貧乏で不幸な家族は何度も踏んだり蹴ったりの目に遭うし、悪人はなかなか滅びないのだけど、最終的にはみんな落ち着くところに落ち着いた、という感じです。
娯楽歴史大河小説として、気軽に読めるのでお薦めです。

今回出てきた主人公たちの子孫はどうなるのか、また200年後ぐらいのキングズブリッジを舞台にした続編も期待してしまうけど、今回も前作から18年もブランクがあったのだから、この続きは読者それぞれの頭の中で考えてください、ってことかな。

by ciao_firenze | 2009-07-29 20:46 |

復帰宣言後のランビエールのインタビュー

懸賞 2009年 07月 26日 懸賞

昨年10月の引退宣言同様、フィギュア界を揺るがせたステファン復帰宣言ですが、その後のインタビューが7/26付けtsrに載りました。

プルシェンコとのリターンマッチ

ステファン・ランビエールは復帰の理由を説明した。この春、フィジカル・セラピストの多大な援助によって、引退のきっかけとなった内転筋を強化することができた。ヴァレー人(ランビエール)は再びオリンピックの金メダルを目指す。日曜日(本日)、トロントでの2週間のトレーニングキャンプに出発する前に、ステファン・ランビエールは前夜発表した競技会への復帰の理由を語った。

2008年10月の引退宣言の時、内転筋のケガの他に、試合の緊張感に対するある種の疲労を感じてあなたは引退を決めたように感じられました。今日、それは何が変わったのでしょうか?
あの時までの7ヶ月間(注:2008年3月のヨーテボリの世界選手権から引退宣言まで)、僕は回復のために本当にすべてのことを試していました。でも続けることはできなかったのです。治療には時間をかけなければなりませんでした。この春カナダで、僕はあるフィジカル・セラピストに出会い、彼女が僕をとても助けてくれました。彼女のやり方は僕にはとても良かったのです。筋力をつけることができ、内転筋への負担を軽くするために骨盤のエクササイズをしました。

体調はどうですか?
体調はいいですよ。1年前は1週間に2~3日しか練習できませんでした。今は毎日できます。精神的には、まるで新しい機械の上に乗ったように(訳註:上手く訳せません。)新鮮な気分です。

あなたの競技成績は、バンクーバー後に来るべきあなたの"第2のキャリア"に影響を与えるでしょうか?
バンクーバーではできる限りの最高の結果を出すために、全力を尽くして戦います。もちろん、金メダルのために。(訳註:訂正しました。)2位だった2006年のプルシェンコとの戦いに小さなリベンジをしたいんです。実際のところ、バンクーバー後の計画はまだありません。

by ciao_firenze | 2009-07-26 22:30 | フィギュアスケート

復帰に関する公式プレスリリース

懸賞 2009年 07月 25日 懸賞

公式プレスリリースを訳しました。

Stéphane Lambiel、再びオリンピック出場を目指す

フィギュア・スケーター、ステファン・ランビエール(24歳)は競技会への復帰を決断した。
「僕は2010年のオリンピックに出場し、トップスコアーを狙いたい」

2回の世界チャンピオン(2005年と2006年)は、左脚内転筋のケガのため100%のトレーニングができなくなったことを理由に、2008年10月に競技会から引退した。本人によると、ケガは相変わらず彼を悩ませているが、フィジカル・セラピーのおかげで、今は痛みは"なんとか折り合いをつけていける"状態になった。

ステファン・ランビエールは2008年10月に競技会からの引退を表明した後も、スケート自体は辞めていなかった。それとは全く反対だ。2006年トリノオリンピックの銀メダリストは、過去数ヶ月間、世界中のエキシビションに数多く出場しながら、通常のトレーニングと治療を続けていた。
「スケートの楽しみは、僕にとっていまだに強烈なものです。体調的にもメンタル的にもとても好調です。だから僕は、きわめて明確な意欲のもと、バンクーバーオリンピックに出場し、トップスコアーを目指すことに決めました」

かつてのライバルで、現オリンピック金メダリストのエフゲニー・プルシェンコもバンクーバーでの復帰を狙っているが、怖くはないのでしょうか?
「もちろん全然!また戦えると思うと、僕は燃えているよ!」

もしオリンピック出場がかなったら、その後の"第二の人生"については、まだ決めていない。
「今はバンクーバーに集中しています。その後何が起こるかは、星空に書いてあるんですよ」

ランビエールは、オリンピック出場のために、長年のコーチPeter Grütterと、1人で練習することになる。
「僕は1週間に2回、ジュネーヴのグリュッター先生のところに行くことになるでしょう。すべてのトレーニング・セッションは自分1人で行いますが、地元ローザンヌでは、フィジカルセラピストのMajda Scharlに見てもらいます」

今までのところ、ステファン・ランビエールはまだ新しいショート・プログラムを練習していない。フリー・プログラムは、引退直前に振付けた魅力的なタンゴのプログラムだ。

スイスはまだ冬季オリンピックの男子フィギュアスケートの出場権を確保していない。ステファン・ランビエールが9/24-9/27にドイツのオーベルスドルフで開催されるNebelhorn Trophyで6位以内に入れば、スイスは出場権を得る。

スイスのオリンピックチームは、195点以上を2回獲らなければならない。ランビエールのベスト・スコアーは、2008年トリノでのグランプリ・ファイナルの239.10点だ。2009年にはグランプリ・シリーズには1つもエントリーしなかったので、Nebelhorn Trophyの前後にも、10/1-10/3のジャパン・オープンも含めた別の試合に出なければならない。その上、2010年1月にはエストニアのタリンで開催されるヨーロッパ選手権にも出場するはずだ。スイス国内では、オリンピック前のアイスショーは12/19のバーゼルでの"World's Best On Ice"だけに出演するのが濃厚だ。彼はまた、8月の韓国、12月のドイツでのアイスショーに出演する予定。

明日7/26日曜日に、ステファン・ランビエールはカナダのトロントに飛び、2週間のトレーニング・キャンプに参加する。
「万全の体調でBrian Orserコーチのキャンプに参加します。その上、トロントでは、Marla Pichlerというすばらしいフィジカル・セラピストも僕を見てくれるでしょう」

by ciao_firenze | 2009-07-25 21:56 | フィギュアスケート

ランビエール、競技に復帰!

懸賞 2009年 07月 25日 懸賞

今日7/25付けオフィシャルサイトによると、ステファンは競技復帰を決めたとのことです。

昨年10月の引退の原因となった左内転筋の痛みはいまだに完全には回復はしていないものの、フィジカル・セラピーのおかげでなんとか"manageable"(「折り合いをつけていける」とでも訳しましょうか)になったとのこと。
目標はもちろん、
「2010年のバンクーバーオリンピックに出場し、トップの成績を出したい」
とのことです。

詳細プレスリリース

by ciao_firenze | 2009-07-25 20:43 | フィギュアスケート

『大聖堂 果てしなき世界・中』

懸賞 2009年 07月 23日 懸賞

f0179663_21504080.jpgケン・フォレットの『大聖堂 果てしなき世界・中』読了。
600ページ超の長いお話ですが、魔女裁判、戦争、そしてペストと、1300年代中葉の激動のヨーロッパを舞台にしたテンポのいい展開に、遅読の私も異例の速さで読み進んでいます。

あらすじと感想はこちら

by ciao_firenze | 2009-07-23 22:24 |

ウルマノフのスケート教室@イタリア・アオスタ

懸賞 2009年 07月 20日 懸賞

以前お知らせしたウルマノフのスケート教室がイタリア北部アオスタ市のスケートリンクで開催され、セルゲイ・ヴォロノフも参加しました。楽しそうで何よりです。
スケート教室の様子
7/13のディナーパーティの様子

今季のSPはスクリャービンのエチュードで振り付けはタラソワという情報もあります。オフィシャルサイトも全然更新されていなくて、FSについては情報なしですが、さすがに3シーズン目まで持ち越しはないでしょう。新しいプログラムが楽しみです。

by ciao_firenze | 2009-07-20 21:08 | フィギュアスケート

『大聖堂 果てしなき世界・上』

懸賞 2009年 07月 19日 懸賞

f0179663_23541077.jpg『銀英伝』の外伝最終巻が残っていたのですが、3年ほど前に読んだケン・フォレットの世界的大ベストセラー『大聖堂』の続編を友人に借りたので、こちらから先に読み始めました。
前作『大聖堂』は、12世紀のイングランド南西部のキングズブリッジという町を舞台に、世界一の大きさの大聖堂を建てる石工を中心にした大河歴史小説でした。

その続編の本作は、前作から200年後の1330年代のキングズブリッジを舞台に、前作の主人公たちの子孫たちを巡る壮大で長大なお話。
聖職者といえども権力欲で対立する司教と修道院長、酷薄な領主の伯爵や粗暴な騎士たち、理不尽な徒弟制度やギルド制度、搾取される農民たち、無知蒙昧な民衆、森に住む無法者、といった構図は200年経っても変わらず、相変わらず「暗黒の中世」といった雰囲気がプンプン漂います。そこにイングランド国内の情勢やフランスとの対立など、大きな政治的な思惑も絡んできます。

しかし、イングランド南西部の羊毛市にまでフィレンツェやブリュージュの商人たちが羊毛を買い付けに来るようになったり、大工のマーティンは「イタリアの建築も見てみたい」と思うなど、1100年代よりもだいぶ世界が広がってきた印象もあります。

また、前作では男子修道士しかいなかったキングズブリッジの修道院にも、女子修道会が併設され、施療院での看護など修道女たちの活躍も見られるようになって来ました。
女主人公の1人カリスは、男性の人生に左右される女性の運命に疑問を抱いているし、かといって修道女として神に仕える人生も選ぶ気はない。羊毛商人である父の仕事を補佐し、町の発展を目指しイングランド一立派な石造りの橋を作るために奔走する。一方貧しいグウェンダは土地をなくした愛する男のために一生懸命農作業に励むなど、一口に「中世」といっても、200年間のうちに少しずつ女性も自立しつつあるようです。

とにかく長いし登場人物が多い!そして暗躍する狡猾な悪人にもなかなか天罰がくだらない(笑)。
これから中巻に入ると、きっと主人公たちはひどい目に遭うに決まっていますが、そうとわかっていてもどんどん引き込まれ、700ページ近い大作もあっという間に読み進み、続きに突入するのでした。

by ciao_firenze | 2009-07-19 23:58 |

ピッポのバカンス@イタリアの海岸

懸賞 2009年 07月 13日 懸賞

Milanの合宿が始まってから1週間が経ちましたが、FantasminoさんのブログCHIC o CHOCに、ゴシップ誌TOPに掲載されたピッポのバカンス記事が紹介されています。

イタリアの西海岸ティレニア海側のForte dei Marmiや、東海岸アドリア海側のMilano Marittimaで過ごす2人の写真が紹介されています。
Inzaghi家の毎夏恒例のバカンスMilano Marittimaでは、弟のSimoneや甥っ子のTommasoも一緒だったようです。シーモのチョンマゲ姿、久々に見る気がする(笑)。そしてトンマももう8歳なのね(@_@;)

記事の中のコメントは、先日のバハマのバカンスの記事に書かれていたものと同じで、目新しいものはありませんが、2人の仲はますます深まっているから、結婚も間近か?との憶測が書かれています。

それはいいんだけど、「ピッポは2009/10シーズンが最後のシーズンになるはず」なんて書かれているけど、根拠は何?確かに契約はとりあえず来年6月末までだし、もうすぐ36歳だけど、まだ本人は引退する季なんてさらさらなさそうなのに。

ま、ゴシップ誌だから、憶測ってことで。

by ciao_firenze | 2009-07-13 21:28 | サッカー

記者会見席でのInzaghiのコメント抜粋・その2

懸賞 2009年 07月 10日 懸賞

Milanのオフィシャルサイトの日本語訳で省略されていた質疑応答がいくつかありました。「その1」のGazzettaに載った抜粋記事と重なる部分もありますが、その箇所だけ訳します。
インタビュー全文(イタリア語)

若手選手について
「この前Berettaに会った時、彼は僕に対してleiで話したんだ。(訳注:leiは目上の人や初対面の人、改まった時に使う二人称。これに対して家族や友人などのくだけた間柄ではtuを使う。通常チームメイトはtuで話している。)僕が彼の父親にでもなったかのように感じざるを得なかったよ・・・。
若手選手たちがとても優秀で、もっとうまくなりたいと思っているのを見るのはうれしいことだね。彼らがここで偉大な選手たちと一緒に練習できて感動しているだろうということは想像がつくよ。Milanは正しい道を歩んでいる。若手選手たちはこのチームの未来だし、ここでプレーするためにはどんなメンタリティが必要かを彼らはすでに理解しているんだ」


移籍市場とLuis Fabianoについて
「FabianoはまだMilanの選手ではない。僕はここ何年かいつも言っているんだけど、もしMilanに偉大な選手が入ってきたら、彼は勝利に貢献できるだろうから、もちろん歓迎する。もしそういう選手が加入しないのなら、たとえばBorrielloのような自前の選手の中から代替をすることができるし、その準備はできている。
もちろん、もし僕が28歳なら、MilanはFWを探したりしないだろうけど、僕はもう36歳なんだから、クラブがやっていることは正しいことだよ。
とにかく、うちの選手たちは競争力があるけど、メルカートのことを考えるのは、クラブと監督の仕事だ」


Pilroについて
「Pirloには毎日電話をしているし、残留するように毎日メールも出している。彼が僕たちとうまくやっていることはわかっているし、ここに残ってほしいと思う。監督が思っているのと同じようにね。Pirloは独特の持ち味のある唯一の存在だと思う」

チャンピオンズ・リーグとライバルについて
「Real Madridは必要に応じてメルカートでかなり動いた。Manchesterは重要な選手を獲得した。僕の願いは、イタリアのクラブチームが、ここ数年ヨーロッパの舞台でMilanが示したようなレベルに戻ってほしいということだ。でも次のシーズンには、イタリアのクラブは、ここ数シーズンに比べてチャンピオンズ・リーグでもっと勝ち進んでいくだろうと信じている」

Kaka’、 Maldini、Ancelottiについて
「Rickyについては、ある日にはうれしい思いを感じ、別の日には残念な思いを感じたよ。Real Madridが開いた歓迎式典を見て、彼が新しいティフォージたちから受けた愛情を知ってうれしかった。
Rickyはピッチの中でも外でもとてもすばらしい間柄の大切な友人だ。彼はすばらしく価値のある人物なんだ。いつの日か、彼とチャンピオンズの決勝戦で対戦したいものだね。彼の不在は、ピッチの外でもピッチの中での働きの面でも残念に思うだろうね。
彼ら(Kaka’、 Maldini、Ancelotti)がいないMilanelloの最初の1日は、すごく変な感じだったよ。キャプテンのロッカーを見てもMaldiniがいないんだ・・・。チームを間違えちゃったみたいだったよ。
でも彼ら3人とはよく連絡を取っているし、ここMilanでのたくさんの勝利、多くの成功で僕たちは結びついている。
でも、彼らのような偉大な人物がいないという現実によって、僕たちが若手選手たちに正しい実例を与えなければならないということが大事なのだろう」

by ciao_firenze | 2009-07-10 20:03 | サッカー