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『十字軍物語・2』

懸賞 2011年 10月 17日 懸賞

f0179663_1724194.jpgすっかりご無沙汰してしまいました。
暑い夏の間も、おいしいものを食べたり、Friends On Iceも見に行ったりしていたのですが、長期にわたる懸案事項があったため、ブログを書くという精神力がなく、ずっと放置になってしまいました。
その間、ほぼ毎日ウォーキングをして相当汗をかいていたのに、なぜか体重は微増気味でしたが(^^;)身体的には健康に過ごしていました。
が、無事に懸案事項も片付き、身も心も軽くなったところで、こちらもちょっとペンディングになっていた塩野七生の『十字軍物語』の2巻を一気に読了しました。

1099年にエルサレム解放という最大の目的を果たした第一次十字軍。その成功は、諸侯たちの活躍があってこそだった。彼らは必ずしも常に一致団結していたわけではなかったが、エルサレムを中心とした地域を征服し、十字軍国家を築き上げ、その支配を確実にする礎となった。
しかし、1118年にエルサレム王ボードワン1世が死去した後からは、十字軍国家にはこれといって傑出したヒーローが現れなくなる。

それに対して、イスラム側には現イラク領内のモスールの太守であるゼンギがまず頭角を現し、1144年にエデッサが陥落する。
これに危機感を強めたヨーロッパ諸国に新たな十字軍の気運が高まり、フランス王ルイ7世、ドイツ皇帝コンラッド3世という、王と皇帝が率いる第二次十字軍が結成される。
しかし、鳴り物入りだった第二次十字軍はダマスカスからあっという間撤退し、失敗に終わる。

その後もヨーロッパ諸国のさまざまな事情により、十字軍諸国家は新たな兵力の増強は望めない状態になった。
それでも聖堂(テンプル)騎士団、病院(聖ヨハネ)騎士団という少人数ながら戦争の専門家の2大騎士団が結成され、無数の城塞を基地にして防衛戦を守った。1000年経った現在でも威容を誇るクラック・ド・シュバリエがその代表格。
また、地中海の制海権はピサ、ジェノヴァ、ヴェネツィアのイタリアの商業国家が握っていたため、ダマスカスを手にしたヌラディンの率いるイスラム軍との戦いでも、押され気味ながらもなんとか十字軍国家は保ってた。
エルサレム解放から約100年の間に、現地に居着いたり、そこで生まれ育ったヨーロッパ人たちは「フランク人」と呼ばれ、当時の中近東は、巡礼者、交易商人、兵士が行き交う場所となっていた。

5代目にあたる聡明なエルサレム王のボードワン4世は、子供の頃からハンセン氏病に冒されていた。不治の病に冒されながらも懸命に十字軍国家を守ろうとする若き王。それに対するのは、少数民族クルド人の出身ながら、ダマスカスについでカイロのカリフの地位も手に入れ、ついにイスラム世界を統一したイスラムの英雄サラディン。

しかし、懸命にサラディンと戦ったボードワン4世亡き後の1187年、「聖戦(ジハード)」を旗印にかかげ、バラバラになりがちなイスラムの諸侯たちを率いたサラディンに十字軍国家は破れ、エルサレムは再びイスラムの手に陥ちてしまうのであった。
エルサレム陥落の報に、ついにヨーロッパの皇帝、諸王が自発的に立ち上がる。神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世、フランス国王フィリップ・オーギュスト、イギリスの獅子心王リチャード1世による「華の第三次十字軍」が出発するのである。


「神がそれを望んでおられる」の一言で、聖地エルサレムを「解放」するために故郷を遠く離れて遙かな中近東に遠征した騎士たち。
イスラム教徒ならば問答無用で殺していいという聖堂騎士団は、普段は質素な生活をする修道士たちでしたが、その過激さゆえに、エルサレム陥落後ほぼ全員が処刑されて壊滅します。
もう一方の「病院騎士団」は、対イスラムの騎士というのは同じでも、聖地を巡礼に訪れる人々への医療行為も重要な役目なので、エルサレム陥落後もその地に残ることを認められます。
やがて、イスラムの力に押されて本拠地を移し、「ロードス騎士団」、そして「マルタ騎士団」として流転の歴史を送りますが、こちらは(名誉職的なものであるにしても)現在もローマに本部があります。

イスラムにとっては「侵略」でしかなかった十字軍。キリスト教徒だけでなく、ユダヤ教徒、イスラム教徒にとっても「聖地」であるエルサレムの地。シーア派とスンニ派の深い分裂にもかかわらず、「ジハード」という名の下、一致団結したイスラム教徒たち。

そして、ヨーロッパから武器や人を運ぶことから始まり、次第に異教徒との交易を盛んにしていくピサ、ジェノヴァ、ヴェネツィアの商人たちの姿も印象的です。「まずはヴェネツィア人、次にキリスト教徒」という標語?すらあったヴェネツィアの商人たちは、まさに中世のエコノミック・アニマルです。
「信仰」とは、「正義」とは何なのか、1000年経った今でも解決しない深い問題の根がここにあります。

ところで、ハンセン氏病を患っていたエルサレム王ボードワン4世が出てきたところで、リドリー・スコット監督、オーランド・ブルーム主演の映画『キングダム・オブ・ヘブン』を数年前に見たことを思い出しました。
オーリー(一部ではステファンが似ていると言われているw)とサラディン役のハッサン・マスードのかっこよさしか覚えていませんでしたが(^^;)オーリーの役はボードワン4世を支えたバリーアノ・イベリンという実在の騎士だったんですね。
実際にはエルサレム王国生まれの「フランク人」のイベリンですが、映画ではフランスから十字軍の一員としてエルサレムにやってきて、王の姉シビッラと恋に落ちる、という設定でした。
シビッラ役のエヴァ・グリーンはきれいでしたが、史実ではエルサレム王国滅亡のきっかけとなった無能な困ったちゃんの王女だった、とわかってちょっとがっかりです。

それから、1187年のエルサレム陥落から第三次十字軍、そして1204年の第四次十字軍によるコンスタンチノープル略奪のあたりは、ウンベルト・エーコの『バウドリーノ』の舞台です。
日本は「1192(いい国)作ろう鎌倉幕府」の時代。しょっちゅう歩いている裏山から続く古道も、バウドリーノや華の第三次十字軍の頃にできたのかぁ、と全然関係ないところで感慨深くなる私でした。

by ciao_firenze | 2011-10-17 18:03 |

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