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ランビエールインタビュー@ロシア語

懸賞 2010年 04月 10日 懸賞

4/7付けnvspb.ruにランビエールのインタビュー記事が載っているので、ご紹介します。

支えてくれたのは両親だけ

世界選手権で2勝、トリノの銀メダリストのスイスのステファン・ランビエールは、バンクーバー後に競技会からの引退を表明した。しかし、スピン・マスターのファンたちは、他のスケーター同様、もう一度アマチュアとして戻ってくることを望んでいる。
一方エフゲニー・プルシェンコは、ランビエールがソチでのライバルの1人になるだろうと思っている。"HB"のインタビューで、ステファン・ランビエールは競技から離れた理由と、将来どうするつもりなのかを語った。

プルシェンコはあなたがアマチュアスケートからすっかり引退したとは信じていないようですが。
ええ、彼の言葉は知っています。でも僕たちはそれぞれの道があると信じています。プルシェンコは彼自身の試合に集中した方がいいし、僕は僕自身のことを考えます。僕は彼がアマチュアフィギュア界にあと4年間残る決意をしたことに敬意を表します。
でも、僕がソチオリンピックに戻ってくるだろうという彼の予測は実現しないと思います。とはいえ僕は2014年のオリンピックには本当に行きたいんですよ。でもどういう資格で行くのかはまだわかりません。選手としてでないことだけは確かです。


来年のヨーロッパ選手権はあなたの国のベルンで開催されます。参加したいですか?
フィギュアスケートは僕の命なので、もちろんベルンには行きますよ。選手たちとのコンタクトは取り続けたいです。おそらく(ベルンでは)誰かをサポートするか、振付師として働くか、あるいは他の資格としてかもしれません。でも目下のところはショーへの出演が気に入っているので、ショーへの出演機会を生かしたいです。

スイススケート連盟は、地元開催のヨーロッパ選手権の会場を満員にするために、あなたがあと1年現役を続けるように説得しませんでしたか?
いいえ、誰も僕を説得しようとはしませんでした。それどころか、スケート連盟はここ数年間、僕に1フランも払ってくれていないですよ。どのような形でも僕をサポートしていません。いまだに僕自身で払わなければいけなかったんです。振り付け料、コーチ料、衣装代、試合に参加するための飛行機代も。他の選手はどうなのかは知りませんが、僕にはサポートはありませんでした。
だから、今やっと自分自身の時間を管理できるようになり、誰にも頼ることなく自分の好きなことができるようになってうれしいです。


年間いくらぐらいかかっていたのですか?
約100,000から150,000スイスフラン(訳注:約870万円から1,300万円)です。

大金ですね。スポンサーはあったんですか?
基本的には両親です。もちろん、次第に小さなスポンサーがいくつかつきました。でも両親がいなかったら成功できなかったでしょう。それに僕の父はあまり金持ちではなく、いつも僕たち兄弟と姉が立派に生活できるように全力を尽くしていました。

あなたは一旦はアマチュアスケーターを引退しました。でも2010年のオリンピックの前には復帰しました。ファンや専門家たちは、この行動を英雄的だと評価しました。あなたが内転筋の大きなケガを持ちながらも出場したことは皆が知っていますよ。
英雄的かどうかということについては話したくありません。多くの選手たちが似たような状況なのです。でも隠さずに言いたいですが、オリンピック・シーズンは本当にとてもハードでした。残念ながら僕のケガは1日で治るものではありません。1回手術をすれば、永久に忘れられる類のものではないのです。身体を動かすことが増えるだけで、すぐに脚がとても痛くなりだすということを、僕は忘れずにはいられません。

バンクーバーではあと少しのところでメダルに届かず、4位でした・・・
もちろん、オリンピックでメダルを獲って引退する方が良かったでしょう。そしてもちろん僕は頑張りましたが、メダルは獲れませんでした。それでも人生は続くのです。

多くの栄冠を獲得した競技から離れた後、何をしようと考えていますか?
まずはたくさんのショーに出演する予定です。ステージで踊ったり、劇場で演じる機会があるなら、これらの芸術にも喜んでトライしてみたいですね。実はすでにダンスショーへの参加のオファーが来ているんです。でもまだフィギュアスケートはやめませんよ。

追記:赤字部分訂正しました。eさん、ばりしょえ・すぱしーばm(__)m

by ciao_firenze | 2010-04-10 01:23 | フィギュアスケート

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