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Dreams on Ice 2011 その2

懸賞 2011年 06月 26日 懸賞

今日の昼間の公演も見に行ってきました。
今日は東側だったので、各プロの正面から見られました。

昨日書かなかったことを思いつくまま順不同で。

男子若手の木原選手は3A修行中、中村選手もジャンプが不調だったし、タンゴのくどさにはまだほど遠い感じでしたが、田中選手、村上選手ともに、今後の成長が大いに期待されます。
女子の西野選手、大庭選手、庄司選手、今井選手はみんなかわいいし、リズム感も良い。ジャンプもきちんと決まる子が多かった。
とにかく男女ともに、選手層が厚く、切磋琢磨し合ってどんどんレベルが上がっている、という今のスケート界の良い面が伝わってきました。

若手の成長株羽生選手のロミオのプロ、滑り込めばかなり良さそうな感じ。村上選手の安定度は、ほかの若手女子とは一線を画す印象でした。イタリア語のしっとりプロだったんだけど、非イタリア人のイタリア語だったらしくて、歌詞がとても聴き取りにくくて、個人的にはそれが気になってしまった(^^;)

鈴木選手はキレのいい動きがさすが。織田選手もやっぱりうまい。あんなにうまいんだから、ジャンプのルールの計算をしっかりしてほしいです(>_<)
ペアの高橋/トランも、リード姉弟も見ていて危なげなく、ずいぶん成長したと感じました。
でも昨日も書きましたが、ペアとダンスの違いって何?という疑問がどんどん強くなります。私が勉強不足なんでしょうけど、かろうじてスロージャンプとデス・スパイラルの有無でペアかダンスかを判別できる、というのはいかがなものでしょうか?
昔のダンスは二人がぴったり離れずに、というのがあったけど、リフトのアクロバット度が上がる一方で、「これってダンスなのか?」と思わずにいられません。

大きな違いはステファンがEvanescenceの"Bring Me To Life"のプロだったこと。ラフマニノフのピアノ曲は会場中が息をのむような静けさの中でしたが、こちらはビートが効いた曲に乗ってキレのいい演技でした。
そして、ボロソジャル/トランコフの美しさ、安藤選手の心のこもった演技には満場のスタンディング・オベーションでした。

今回は千秋楽は見なかったけど、千秋楽では安藤選手は噂の「ブラック・スワン」を演じたらしい。見たかったなぁ。
それと、フィナーレでの男子陣のジャンプ大会が、例年通りの盛り上がりだったようです。
男子若手は失敗しても臆することなくガンガンクワッドに挑戦したとのこと、さらにはステファンまで4T(赤ぬこ着氷?)も跳んだとか。
とにかく、毎年とても楽しいショーです。
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by ciao_firenze | 2011-06-26 23:03 | フィギュアスケート

Dreams on Ice 2011

懸賞 2011年 06月 26日 懸賞

Dreams on Iceを見に行ってきました。
遅くなったのでざっと印象に残ったところのみ。
ラフマニノフの前奏曲Op23-5で滑ったランビがさすがすぎ。満員の会場中がしーんと息をのんで一挙手一投足に魅入られていました。競技から離れて、ますます演技に深みと表現力が増したと感じました。
タチアナ・ヴォロソジャル/マキシム・トランコフも美しくため息の出るような演技。ダンスかペアかわからなくなりそうでしたが、終盤のスロージャンプが圧巻でした。

そして日本勢では安藤選手。昨日は「ブラック・スワン」でいかにもはまってそうだと写真を見て思っていましたが、今日は一転して白い衣装で「千の風」の女声ヴォーカル版。世界選手権のエキシの時のように、鎮魂歌としてとても心のこもった演技には、感動しました。ジャンプもほとんどないのに、これだけ人を惹きつけるなんて、今まで苦手だった安藤選手ですが、すばらしかったです。
男子は小塚選手。いつも通り普段着のような地味な衣装でしたが、イーグルのエッジの深さ、ワンキックでリンクの対角線まで滑っていくスケーティング、氷も全然削れないし、エッジの音すらしないのは、さすがワールド2位の実力だと痛感しました。

初々しいジュニア選手も含めて、全日本のシニア選手の新しいプログラムを見られるのがこのDOIの一番の魅力です。
明日も昼間の公演に行ってきます。明日は「ブラック・スワン」が見られるかな。
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by ciao_firenze | 2011-06-26 01:30 | フィギュアスケート

ランビエールインタビュー@ロシア語 その2

懸賞 2010年 11月 04日 懸賞

10/21付けSport Express記事に掲載されたランビエールのインタビューの第2部です。

試合が少し恋しくはないですか?
いいえ、それほどでもないです。僕はすでに十分にタイトルを持っているし、自分がやっていることが好きです。フィギュアスケートを芸術的な方向に発展させていければ、と思っています。
同時に、他の選手たちがどのように演技するか、すごく見てみたいんです。シーズンが始まるのが待ち遠しくて仕方がありません。今は興味のある試合を1つも見逃さないように、注意深くプログラムや採点を見ようと思っています。というのも、自分が練習して試合に出ていた時には、他の選手のプログラムをじっくり見る時間がなかったからです。もっと正確に言うと、僕はフィギュアスケートを内側から見ていたんですね。そして今になって初めて、フィギュアスケートを外側から、より興味深く見ることができるようになりました。


どうしてバンクーバー・オリンピックの直前に現役復帰したのですか?あなたがおっしゃったように、すでにたくさんのタイトルを獲得していたし、コマーシャルスポンサーもすでにたくさんついていたと思いますが。
うーん、良い質問ですね。トリノで銀メダルを獲得してから、僕は猛烈にバンクーバーを夢見るようになったんです。当時の僕は、表彰台のさらに上に乗ることを夢見ました。ある程度の時間が経てば、2位のことなど一般には忘れられてしまうからです。
自分がバンクーバーに向けて備えてきたことを思い出し、練習し、その後数日考えた末、ケガのことを考えて、一旦は復帰への熱狂をあきらめました。大きな観点から考えると、ケガで僕の人生はぼろぼろになっていたからです。自分の人生はまだまだ続くということを、僕は一時忘れてしまっていましたが、同時に治療は続けていました。そして、ケガの状態が良くなり、真剣な練習が再びできるようになったとわかったとたんに、バンクーバーへの夢が突然再燃したんです。
今でも説明することはむずかしいですね。あなたは"なぜ?"と質問されました。でも僕にはどうしてなのか説明できません。でもそれが夢だったことはわかっています。


おそらく、オリンピックは特別な試合だからでしょうか?
まさにその通りです。2002年のソルトレークシティに出場したとき、僕は16歳でアメリカに行ったのは初めてでした。それで、そこではすべてが巨大なディズニーランドのようでした。やることなすことがすべて新しい経験で、ポジティブに感じました。でも、すべてが自分自身に現実に起こっていることとは思えず、どこか遠くの、まるで映画の中にいるかのようでした。
トリノでは全く違いました。試合はものすごいストレスでした。たぶんこの違いは、ソルトレークシティでは僕は若手新人選手だったけど、トリノではメダルを狙って戦えると自覚していたからだと思います。緊張感は半端ないもので、練習中も、休憩中も、街中を散策している最中も、一瞬たりとも緊張感なしでいることはありませんでした。といっても、散策など全くしなかったと思いますけどね。
試合がどういう風に終わったかはよく覚えています。大変重要な試合で銀メダルを獲得しました。あの時は、本当に僕の人生の中で一番幸せな一日でした。僕は地球上で一番幸せな男だったんですよ。頭では理解していたのだけど、そのような幸せを現実としては感じられませんでした。それほどストレスから解放されるのはむずかしかったんです。
バンクーバーについてはすでに述べました。いつかまた、言いたいことが新たに出てくるかもしれませんけどね。


(続く)
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by ciao_firenze | 2010-11-04 12:09 | フィギュアスケート

ランビエールインタビュー@ロシア語 その1

懸賞 2010年 11月 02日 懸賞

ここ最近、ステファンネタを拾うこともロシア語ニュースサイトをチェックすることもすっかり怠っていました。秋に各国でいろいろなショーに出ているということは知っていましたが、久しぶりにロシア語のスポーツニュースサイトを見に行ってみたら、ステファンのインタビュー記事が。10月のモスクワショーの時のインタです。
10/21付けSport Express記事
「芸術は点数で表現することはできない」

ざっと見たところ、オリンピックについて、競技について、振り付けやコーチの仕事について、などなど、いろいろな内容を丁寧にと語っています。
かなり長いので、時間を見てぼちぼち紹介していきます。気長にお待ちください。

(序文略)
ステファンは、暖かいスカーフを首に巻いて、この後予定している散策の準備を整えて登場した。

やあ!僕はお天気に恵まれているってわかりました。これでやっとモスクワの街を見て周ることができます。

今回のような旅はどう思いますか?あなたにとっては仕事?それともお楽しみなのでしょうか?
僕は旅が好きなんです。試合の遠征や長丁場のショーにゲストとして出演することとはまた別物です。スケジュールが詰まっていると、何かを見て周る可能性がほとんどなくなっちゃうんです。もし時間を見つけられるなら、ただ通りをぶらぶら歩いて、家々を観察するのが好きです。建物がどのように変遷しているか、新しい建物がどんな風に古い建物とうまく調和しているかを見ます。この点ではモスクワは興味深い街ですね。とてもデリケートでパステルカラーの古い建物と、シャープでアグレッシブな高層ビルが混在しています。僕はグランプリ・シリーズでこの街を訪れた時から、このことに気づいて注意して見ていたんですよ。

バンクーバー・オリンピックが終わった直後に、あなたは競技から離れることを決めました。試合が終わった後、何を考えたか覚えていますか?
本当にとても恐ろしい考えが浮かびました。恐ろしい状態でした。自分が何年間も追い続けていた目標が、予期せぬほど突然に過去のことになってしまったんです。僕は自分の求めていた結果を出せなかったけど、残っていた何かをやろうとする可能性まで過去のものになってしまったんです。かつては、その後何をすべきかは本当に明確でした。(しかし競技を辞めてしまった後は)どこに行くべきか、何をすべきか。全くの精神的な荒廃でした。
一方、オリンピックの後、どのようにショーを始めるかを考えることは楽しかったんです。ショーはたくさんあるだろうけど、その時点では自分が出演したいのかどうか理解することはできませんでした。そして自分が何をしたいのかもわかりませんでした。ご覧の通り、いまだに答を出すことができずにいるんですけどね。


でも実際のところ、あなたはオリンピックの後すぐに、しかもたくさんショーに出演し始めましたよね。
ええ、僕は絶えず行動し続けました。それに驚いたことに、競技なしでやっていくことを学ばなければいけなかったんです。今のところこれが並外れて大事なことです。でもある意味では、なにかプラスのサインもあるんです。

つまりどういうことでしょうか?
僕にはたくさんのファンがいました。オリンピックの後に精神的に落ち込んだのは、ファンを失うんじゃないかと心配だったことが理由の1つだったと確信しています。感情的には辞めたかったのですが、すべてのものはこのスポーツに残っているのです。そして、僕が競技を辞めても、ファンの人たちはこれまでと同様に熱烈に僕のことを応援してくれることに気づいた時、(今だから正直に言いますが)僕は心から衝撃を受け、本当にびっくりしました。

(続く)
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by ciao_firenze | 2010-11-02 23:26 | フィギュアスケート

Dreams On Ice 2010千秋楽

懸賞 2010年 06月 27日 懸賞

千秋楽も行ってきました。
昨日の夜公演以上の混雑っぷりにビックリ。思いがけず出会った知人が、5時半に当日券を並びに行ってみたら、すでに10人以上並んでいたとのこと。戻りチケ狙いの人たちもたくさん並んでいましたが、結局出なかったようです。

千秋楽は西2階の3列目のほぼど真ん中。このあたりの席は何度も見ていますが、2階と言ってもひな壇を作った上に乗った椅子だし、3列と言ってもなぜか2列目で、とにかく見やすい。

個別の感想はほとんど昨日と被るので省略しますが、今日はお客さんのノリも反応も良くて、選手たちもみんな楽しそうでした。フィナーレ後のアンコールでは、全員がなぜか3Dメガネをかけて登場。その後、若手男子たちが我も我もと4回転に挑戦。豪快に転倒する選手にも、なんとか踏ん張って立った選手にもやんやの大拍手。ステファンと大ちゃんが2人でスピンをしたり、女子選手がつながって出てきてスパイラルをしたり、最後にはシンクロチームの先導で全選手が手をつないでぐるぐる回って壮観。やっぱり千秋楽ならではのお楽しみでした。

今期の日本選手たちの活躍を祈るという意味でのこのショーは、会場の一体感もあるし、見やすいし、本当に楽しかったです。みんなケガなくいいシーズンになりますように。
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by ciao_firenze | 2010-06-27 23:33 | フィギュアスケート

Dreams On Ice 2010

懸賞 2010年 06月 26日 懸賞

今年もDOIの季節がやってきました。
最初は千秋楽をS席で見られればいいと思っていたのですが、せっかくだからもう1回A席でも見るか、ということで、今日の夜の部はA席にしました。
どちらも例年通り、難なくFC先行で取れたのですが、その後のチケット争奪戦の厳しさにビックリ。

昼の部から行っていた友人に聞いたところ、当日立ち見に並んでいた人がかなりいたとか。しかも開演30分前に入場したら、パンフレットが売り切れ。こんなことは初めてでした。
やっぱりオリンピックイヤー&世界選手権男女アベック金の影響だったのでしょうか。

とにかく、シーズン初めの日本選手壮行会の位置づけのDOIはやっぱり楽しいですね。会場がコンパクトで3階席からでも見やすいのがなによりの利点です。欠点といえばトイレの混雑ですが^^;

以下独断と偏見で個人的に印象に残った選手です。

数年前からノービスで注目されていた宇野しょうまくん、スピードもあるしジャンプもきれいに決めていました。上手い子役というか子供店長?このまま伸びれば末恐ろしいですね。

羽生くんは、ジャンプの調子がイマイチだったようだけど、衣装もフリもジョニー風味。身体も大きくなって、滑り込んで調子が上がってくれば、今期の活躍も期待大です。

カナコちゃんはセクシーなプロだったけど、なかなか堂々としていました。終わった後の笑顔が年齢相応でかわいい。

『黒い瞳』の町田くんは、ジャンプもステップもなかなか良かった。今期、一段階上がれるといいな。

あっこちゃんの新プロは今年もはまりプロでは?バンクーバーと世界選手権の経験からくる自信のようなものが感じられ、一皮向けて演技に貫禄が出てきた感じ。

南里くんの『南里メドレー』は支えてくれたファンへの感謝の気持ちをこめて、ということでしたが、ここ数年の『闘魂』や『津軽海峡冬景色』などのエキシプロのメドレーで、笑える楽しいプロでした。でも華奢でおとなしくてマジメな南里くんがそんなプロを滑ることのギャップがまた面白い。

こづは『テイクファイブ』でしたが、さすがに滑りなれたプロらしく、ジャンプもステップも安定してきれいに決まっていました。

ステファンはノリノリのプロで、相変わらずのクネクネステップとスーパースピンは健在。紫のシャツもステファンじゃないと着こなせませんね。

そして私は初めて見る生プルシェンコ。哀愁溢れるシャンソンに乗って、4-3、3Tなどのジャンプもあまりにあっけなくこなす。またちょっとお腹周りが(悪い方に)戻りつつあるようだけど、そんな体型もものともせず、例のキレキレステップを踏んでいる時には、感心しなきゃいけないのだろうけど、あまりのすごさに笑いしか出てきませんでした。客席へのファンサービスもてんこもりで、会場は大盛り上がり。

今回の目玉の一つ、ステファン振り付けの大ちゃんの新プロ『アメリ』。クネクネステップや特にターンの時の首の振り方は、まさにステファンそのものの動きだし、立ち姿も似ていました。シンプルなTシャツにラフなパンツという衣装もステファンの好みらしく、近眼の私がメガネを外して見るとステファンと区別がつきませんでした。
どうせなら、ナハロさんとステファンがフラメンコをコラボしたように、ステファンと大ちゃんでコラボしてくれればよかったのに。

オープニングとエンディングはおなじみのDOIのテーマソング。ステファンとプルのノリノリっぷりがすごかったです。

会場では数色のペンライトみたいなのが光ってると思ったら、ロシア国旗つきのグッズでした。その他、Tシャツやストラップなどのプルグッズなども売っていました。

明日は最後にジャンプ大会とかおまけがあるかな?楽しみです。
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by ciao_firenze | 2010-06-26 23:52 | フィギュアスケート

5/11付けランビエールインタビュー@ロシア語

懸賞 2010年 05月 13日 懸賞

やっと前回の記事の全文訳が終わりましたが、またまたロシア語の別サイト5/11付けsport.glavred.invoにステファンのインタビューが上がっています。

こちらはいつからスケートを始めたのかとか、家族のこと、憧れのスケーターや他のスケーターとの交友関係、お菓子好きのことなど、別の切り口からのインタです。

追記:ロシアのファンの間では、ずいぶん前に出たような質問だったり、内容があまりに陳腐で何も新しいネタはなく、つぎはぎなのでは?という感想が出ているようです。
この記事に関する信憑性が確認されたら、訳を紹介しようと思います。
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by ciao_firenze | 2010-05-13 20:47 | フィギュアスケート

ランビエールインタビュー@ロシア語

懸賞 2010年 05月 12日 懸賞

5/7付けsport.uaにランビエールのインタビューが載っています。
ウクライナのスポーツサイトですが、ロシア語のインタビューです。

この街を忘れない

スイスの有名なフィギュアスケーター、ステファン・ランビエールがアイスショーのKings On Iceに参加するため、ごく最近、初めて我が国を訪れた。キエフ・スポーツ・パレスでの出演の前に、ウクライナの印象や将来の計画などについて語った。

Kings On Iceの出演者の皆さんは、キエフに来るのが、特にウクライナ・ポーランド間の国境では大変だったようですね。(注:スケーターたちはポーランドを通過する許可を持っていなかったため、ウクライナ国境で数時間を過ごさねばならなかった。)このことは申し訳なく思っています。ウクライナ国民を代表して心からお詫びを申し上げます。
そんな、とんでもない!まぁ、でも国境はちょっとした問題でしたね。

ちょっとした?
でも誰も文句は言いませんでしたけどね。誰も大騒ぎはしなかったですよ。ただ待たされましたけどね。うまくいきましたよ。ただ6時間もの間、国境で足止めを食らいました。何もすることがなく、食べ物もトイレもなくて・・・。いえ、トイレはあったんですけど、これがまたかなり酷いトイレで・・・。僕たちにとっては初めての経験でした。ここ(注:スポーツ・パレス)もなんですけどね。トイレがとってもヘンですね。

キエフを観る時間はありましたか?
昨日はオフでショッピングの日でした。それで、僕たちはタクシーに乗って中心部の広場まで行きました。記者会見の前に街を見て回り、ランチをしてからホテルに戻りました。でも記者会見の後にも、改めて広場に出かけて大通りを散策し、ルイ・ヴィトン、グローブ、ザーラで買い物をしました。

そのスカーフはキエフで買ったんですか?(ステファンの首にはヴィトンの黒いスカーフが巻かれていた。)
そうだよ!この"不条理な"街の思い出としてね。これを身に着けるたびに、ウクライナの旅を思い出すことでしょう。何か思い出になるものがほしかったんですよ。

もう一度キエフに来たいですか、と聞くのが怖いんですけど。
うん!もちろんですよ!また来られたらすごくうれしいです!昨日、クレシャチクを散歩していたら、1人の老婦人が僕のことに気づいてくださったんです。本当にうれしかった。「ああ、神さま!」って。(失神する真似をする。)本当に楽しかったですよ。

”Thin Ice"(3/19~3/21にアメリカで開催された)の感想を聞かせてください。気に入りましたか?何が一番大変でしたか?
とっても気に入りましたよ!大変だったのは、3日しかなかったということです。3日間でいい演技をするのはとても難しかったです。たとえば他の選手たちはペアスケーターなので、リフトのやり方を知っています。僕は静香(注:2006年トリノオリンピックの女子金メダリストの日本人・荒川静香で、このショーでステファンはペアを組んだ)と組みました。こんな経験は今までにしたことがなかったし、本当に大変でした。3日間ではとても手に負えないようなことを学ぼうとすることで、僕たちは時間を失いたくなかったんです。それで、僕たちは振り付けと音楽のリズムに集中しました。リフトやその他、3日間では学べなかったであろうことではなくてね。静香はすばらしい人です。とても一生懸命練習するし、落ち着いていて冷静な人です。たぶん僕とは正反対です。僕はいつも感情的でちょっとクレージーなので、彼女は僕にとって本当に理想的でした。僕たちはとてもいいカップルでした。この経験の後、僕たちはとても仲良しになったんです。

ロシアでも同じようなショーがあるのをご存知ですか?ペアの1人はスケーターではなくて、歌手や俳優というスターなんですが。
ええ、知ってますよ。いくつか録画を見たことがあります。特にヤグディンが出ていた回とか。でもこの手のショーはスイスにはありません。

もしこのような企画への参加の打診があったら、あなたは受けますか?
そうですねぇ。(考える)考えてみましょうかね。僕だけでなく、エージェントも、僕にとっていいことかどうかを考えるでしょう。たとえばいいパートナーが見つかって、僕にとって興味のある人、つまり僕にどう演じるべきか、どのように楽しめばいいかを教えてくれるような人がいれば・・・。僕は無意識には楽しむことはできるけど、それを繰り返すことはできません。だからパートナーとして女優さんのような人がいれば。

最近のロシアへの旅行とファン・ミーティング(注:3月末)は楽しみましたか?
はい、楽しみましたよ!ロシアの女の子たちと過ごした時間は忘れがたいものでした。たくさんの女の子たちがTシャツ(注:スイス国旗の絵柄)を着ていました。部屋に入った時、「うわぁ!」15人ぐらいかと思っていたけど、ものすごくたくさんいたんです!(注:100人以上)本当に信じられないことでした。でも同時に、僕のスケートを愛してくれるこんなにたくさんの人たちの顔を見ることができたのはとってもステキなことです。この出会いは、僕に元気をくれました。

モスクワのKings On Iceの時に、他のスケーターのために花束を持って来たのに、"Ne Me Quite Pas"を見た後にリンクにその花束を投げ込んだ人がいるんですよ。
うわぁ、それはとってもうれしいですね!

あなたはモスクワの人々のことが気に入りましたか?
僕はロシアが好きです。良い思い出ですし、これからも決して忘れないでしょう。僕が今までスケートをした中でもっとも良い場所の一つです。これは本当ですよ。たとえば僕のことを暖かく迎えてくれる日本で滑るのが好きですが、それとは比べることはできません。ロシアには、言葉にはできないけど、感じることができる、何か古い歴史やバックグラウンドがありますね。

最近あなたのサイトでは、あなたの名前のブランドの洋服やアクセサリーが買えるオンラインショップがオープンしましたね。これらのコレクションについて話してください。誰の企画で、誰がロゴを考えたのですか?
今のところ、僕のサイトではいくつかの商品しかありません。もちろん、今後もっとラインが増えますよ。もしかしたら来年、スケーターのためのコレクション(シャツ、パンツ、その他スケートをするのに必要なもの)を準備できるかもしれません。それから、いつか、たとえばスケーターが満足できるような衣装のためのセミナーを開くことができたらいいな、と思います。現在、男の子や男性のフィギュアスケーターが良い衣装を見つけるのは大変なんですよ。だから彼らの助けになるようなことができたらいいな、と。今は、Tシャツや携帯アクセサリー、キーホルダーなどをそろえています。でもこれはスタートに過ぎません。コレクションはどんどん増えていくでしょう。
ロゴを決めるに際しては、1人のデザイナーの助けを得て、いろいろなバリエーションについて丸1ヶ月間議論しました。これは本当に大変な作業でした。僕は彼にいくつかのアイディアを伝え、それから彼がデザインを描きました。丸1ヶ月の間、僕には気に入ったものがありませんでした。これは本当に、本当に大変な作業でしたよ。いくつかのロゴはあまりにモダンすぎたり、あまりにごちゃごちゃしすぎたりだったんです。丸いSとLの文字を、より角ばった他の文字と組み合わせるのが難しかった。でも最後の最後には、僕が本当にすごく気に入ったロゴが出来上がりました。
これから僕はスイスに帰って、僕のコレクションを一緒に作る人たちと会い、将来の計画について話し合わなければなりません。もちろん、もっとフィギュアスケートと関わる方向のこともやってみたいです。


あなたは試合のバッジを集めていますか?
いいえ、オリンピックのだけです。(注:今のところ3つ)

メダルはどうしているんですか?
特別な場所に保管しています。

家の中、それとも・・・?
特別な場所(微笑む)、秘密の場所です。僕と一緒ではないんだけど、安全な場所です。

スイスという国の特徴を短い言葉で説明してください。
スイスは、さまざまな言語に分かれた国の集合体です。外国を訪れるたびに、その国に対する人々の愛国心を感じるものです。たとえばアメリカでは、どこに行ってもアメリカン・スピリットを感じられます。ウクライナやロシアに行くと、地元の人たちの国に対する誇りを感じることができます。日本でも同様です。でもスイスは、説明しにくいのですが、ちょっと違うんです。おそらくこれは小さな国なのに4つの言語(注:スイスの公用語はドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語)に分かれていることに原因があるのかもしれません。特に大きなトラブルがあるわけではないですし、争うこともありませんが、お互いの言語を理解していないためにスイス人同士でコミュニケーションが上手く取れないのは、ばかばかしいことですね。スイスがもっと強く、一体化してくれることを希望します。

まだ実現していない夢はありますか?
はい。この夢は、父と母から家族の大切さを受け継いだことと結びついています。自分の子供たちには良い教育を受けさせ、家族の大切さを守り、子供たちにも伝えていきたい。家族は僕が持っている中で一番大切なものなのです。

近い将来にはどんなことを計画していますか?
5月にはショーはないので、1週間の休暇を取って母と一緒にポルトガルを訪ねます。それから他のフィギュアスケーターと一緒に仕事をしたいと思っています。

振付師として?
はい、そのようなものです。でも今のところは誰と、ということは言いたくありません。3人ぐらいかもしれません。すごくわくわくしています!楽しいと思いますよ。もうちょっとしたらわかりますよ。

ステファンの新しい仕事がうまくいくように、そしてまた我が国に彼が来てくれるように祈ります。
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by ciao_firenze | 2010-05-12 19:58 | フィギュアスケート

ランビエールインタビュー@ロシア語

懸賞 2010年 04月 10日 懸賞

4/7付けnvspb.ruにランビエールのインタビュー記事が載っているので、ご紹介します。

支えてくれたのは両親だけ

世界選手権で2勝、トリノの銀メダリストのスイスのステファン・ランビエールは、バンクーバー後に競技会からの引退を表明した。しかし、スピン・マスターのファンたちは、他のスケーター同様、もう一度アマチュアとして戻ってくることを望んでいる。
一方エフゲニー・プルシェンコは、ランビエールがソチでのライバルの1人になるだろうと思っている。"HB"のインタビューで、ステファン・ランビエールは競技から離れた理由と、将来どうするつもりなのかを語った。

プルシェンコはあなたがアマチュアスケートからすっかり引退したとは信じていないようですが。
ええ、彼の言葉は知っています。でも僕たちはそれぞれの道があると信じています。プルシェンコは彼自身の試合に集中した方がいいし、僕は僕自身のことを考えます。僕は彼がアマチュアフィギュア界にあと4年間残る決意をしたことに敬意を表します。
でも、僕がソチオリンピックに戻ってくるだろうという彼の予測は実現しないと思います。とはいえ僕は2014年のオリンピックには本当に行きたいんですよ。でもどういう資格で行くのかはまだわかりません。選手としてでないことだけは確かです。


来年のヨーロッパ選手権はあなたの国のベルンで開催されます。参加したいですか?
フィギュアスケートは僕の命なので、もちろんベルンには行きますよ。選手たちとのコンタクトは取り続けたいです。おそらく(ベルンでは)誰かをサポートするか、振付師として働くか、あるいは他の資格としてかもしれません。でも目下のところはショーへの出演が気に入っているので、ショーへの出演機会を生かしたいです。

スイススケート連盟は、地元開催のヨーロッパ選手権の会場を満員にするために、あなたがあと1年現役を続けるように説得しませんでしたか?
いいえ、誰も僕を説得しようとはしませんでした。それどころか、スケート連盟はここ数年間、僕に1フランも払ってくれていないですよ。どのような形でも僕をサポートしていません。いまだに僕自身で払わなければいけなかったんです。振り付け料、コーチ料、衣装代、試合に参加するための飛行機代も。他の選手はどうなのかは知りませんが、僕にはサポートはありませんでした。
だから、今やっと自分自身の時間を管理できるようになり、誰にも頼ることなく自分の好きなことができるようになってうれしいです。


年間いくらぐらいかかっていたのですか?
約100,000から150,000スイスフラン(訳注:約870万円から1,300万円)です。

大金ですね。スポンサーはあったんですか?
基本的には両親です。もちろん、次第に小さなスポンサーがいくつかつきました。でも両親がいなかったら成功できなかったでしょう。それに僕の父はあまり金持ちではなく、いつも僕たち兄弟と姉が立派に生活できるように全力を尽くしていました。

あなたは一旦はアマチュアスケーターを引退しました。でも2010年のオリンピックの前には復帰しました。ファンや専門家たちは、この行動を英雄的だと評価しました。あなたが内転筋の大きなケガを持ちながらも出場したことは皆が知っていますよ。
英雄的かどうかということについては話したくありません。多くの選手たちが似たような状況なのです。でも隠さずに言いたいですが、オリンピック・シーズンは本当にとてもハードでした。残念ながら僕のケガは1日で治るものではありません。1回手術をすれば、永久に忘れられる類のものではないのです。身体を動かすことが増えるだけで、すぐに脚がとても痛くなりだすということを、僕は忘れずにはいられません。

バンクーバーではあと少しのところでメダルに届かず、4位でした・・・
もちろん、オリンピックでメダルを獲って引退する方が良かったでしょう。そしてもちろん僕は頑張りましたが、メダルは獲れませんでした。それでも人生は続くのです。

多くの栄冠を獲得した競技から離れた後、何をしようと考えていますか?
まずはたくさんのショーに出演する予定です。ステージで踊ったり、劇場で演じる機会があるなら、これらの芸術にも喜んでトライしてみたいですね。実はすでにダンスショーへの参加のオファーが来ているんです。でもまだフィギュアスケートはやめませんよ。

追記:赤字部分訂正しました。eさん、ばりしょえ・すぱしーばm(__)m
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by ciao_firenze | 2010-04-10 01:23 | フィギュアスケート

Thin Iceのステファン

懸賞 2010年 03月 21日 懸賞

アメリカABCのThin Iceに出演したステファンと荒川さんの演技の動画です。


4回転も降りましたね。本人も「手を着いちゃったのは残念だけど」と悔しがっていますが、ショーでも4回転を決めるのは、やはり大変なことです。
ハツラツと滑る姿を見ると、本当にスケートが大好きなんだなぁ、と感じます。
競技会からは去ってしまったけれど、ケガと上手く折り合いをつけながらも、大好きなスケートを少しでも長く続けてほしいと心から願います。
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by ciao_firenze | 2010-03-21 13:21 | フィギュアスケート