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『カスティリオーネの庭』

懸賞 2012年 09月 01日 懸賞

f0179663_211198.jpg中野美代子の『カスティリオーネの庭』を読みました。

清朝最盛期、18世紀をほぼすべてに渡って広大な領地を支配した乾隆帝に仕えたイタリア人のジュゼッペ・カスティリオーネ。本来はイエズス会士としてカトリックの布教のためにはるばる中国にやってきた宣教師でしたが、実際は宮廷画家の仕事をしていました。中国国内での布教を禁止された他のイエズス会士たちも、噴水、庭園、時計、建築などの西洋の文物・技術を伝えました。

朗世寧という中国名で、乾隆帝やその皇妃、子供たちの肖像画をたくさん描いたカスティリオーネですが、「皇帝の顔に影を描いてはならない」と言われたため、皇帝や皇妃たちは常に真っ正面を向き、のっぺりした表情のない顔立ちです。皇帝が騎乗している馬が、西洋画そのものの技法であることと比べても、その違いは明らかです。

他の西洋人イエズス会士たちと建てた西洋建築も、ローマのカピトリーノ宮殿やスペイン階段で有名なトリニダ・ディ・モンテ教会そっくりなのに、当然ながら教会ではないので十字架や鐘楼は載せることはできず、中国宮殿式の屋根瓦を乗せなければならない、などなど、「中華(=世界の中心)帝国」を支配する偉大な皇帝との目に見えない軋轢を、ミステリー仕立てのストーリーと絡めて描いています。
ちなみにカスティリオーネたちの苦心の作である西洋庭園の円明園は、残念なことにアヘン戦争の時に西洋列強に徹底的に破壊されてしまいました。

ローマのジェズ教会、サンティニャーツィオ教会、トリニタ・ディ・モンテ教会、ローマ郊外のティボリのエステ荘やハドリアヌス帝の別荘などなど、ローマ好きの私にはおなじみの場所や建築物が出てくるので、円明園の様子が容易に目に浮かびます。

ただ、晩年のカスティリオーネがシナに渡ってきて乾隆帝に仕えるようになった昔を振り返っているという設定なのですが、彼の作品や西洋楼の詳細な説明が間に入ってきて、時系列がはっきりしなくてなんとも読みにくかったです。
ミステリーも伏線なのか主題なのか、その位置が曖昧で、中途半端な印象。

ところでこのカスティリオーネは、浅田次郎の『蒼穹の昴』とその続編『中原の虹』にも非常に重要な役どころとして出てきました。乾隆帝は大皇帝ならではの寛容さを備えた人物として、カスティリオーネも彼に心酔している人物として描かれていました。
でも実際は清朝という専制国家の大皇帝なのだから、浅田氏のキャラ設定は良い人過ぎだったという気もしなくもありません。

そして浅田氏のお話では、満州の清朝の皇族の墳墓で乾隆帝の命令どおりに亡くなったはずのカスティリオーネですが、この本では北京の屋敷で静かに亡くなったとのこと。
まぁ、どっちも小説ですからね。
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by ciao_firenze | 2012-09-01 21:19 |

『カルチェ・ラタン』

懸賞 2012年 02月 12日 懸賞

f0179663_20161361.jpgすっかりブログをご無沙汰していました。いろいろ忙しくしていましたが、その間に読み終えた本の覚え書きぐらいは書いておこうかと。
ボローニャ旅行の飛行機の中で読み始めた佐藤賢一『カルチェ・ラタン』。

1536年のパリ。行方不明になったある靴職人の事件を担当したのは、新米の夜警隊長ドニ・クルパン。ドニは元家庭教師で「トマス・アクィナスの再来」と言われる天才神学僧ミシェルに協力を求める。事件は次々に起き、宗教改革期のカルチェ・ラタンを舞台に展開されるミステリーは、とんでもない陰謀へとつながっていく。

駆け出しの頃は泣き虫で情けない純情な青年ドニは、美男の天才マギステル・ミシェルに導かれ、事件を追いながら成長していきます。
そして難しい神学論争を盛り込みながらも、フランシスコ・ザビエルやイグナチウス・ロヨラ、ジャン・カルヴァンなどの宗教改革といえば日本人にもおなじみの有名人たちも登場し、生き生きとした青春群像劇が描かれています。

ところで、本編の前には「序 日本語訳の刊行に寄せて」と題して、「ヴェクサン侯爵ドニ9世・ドゥ・クルパン」というドニの子孫からの序文が、本編の後には作家本人による「解説 ドニ・クルパンと、その時代」という後書きが載っています。
それによると、主人公のドニは16世紀のさまざまな文献にも名前の出てくる人文主義者にして近代フェンシングの礎を築いた人で、後に貴族の爵位を与えられた真の英雄とのこと。
そして、本書は18世紀にドニの子孫ドニ5世が発見し、19世紀に初版が出版された『ドニ・クルパン回想録』の日本語版という体裁を取っており、ご丁寧にも初版時の扉絵まで載っています。
中味も「一 私こと、ドニ・クルパンがガーランド通りの印刷屋を訪ねること、ならびに生涯忘れられない恥をかくこと」「二 私こと、ドニ・クルパンがカルチェ・ラタンを歩くこと、ならびにマギステル・ミシェルが得意の警句と推理を披露してみせること」などなど、細かい章立てと長いタイトルをつけて、いかにも古文書のような仕立てになっています。
ほぉ、そんな貴重な古文書の日本語版なのか、と思って手にとってみると・・・。後は読んでからのお楽しみです。

泣き虫ドニがいかにして立派な夜警隊長となるのか、ザビエルやロヨラらイエズス会はどのような経緯で世界に旅立っていくのか、一種の「成長物語」として楽しめるエンターテインメント作品です。
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by ciao_firenze | 2012-02-12 20:42 |

『十字軍物語・2』

懸賞 2011年 10月 17日 懸賞

f0179663_1724194.jpgすっかりご無沙汰してしまいました。
暑い夏の間も、おいしいものを食べたり、Friends On Iceも見に行ったりしていたのですが、長期にわたる懸案事項があったため、ブログを書くという精神力がなく、ずっと放置になってしまいました。
その間、ほぼ毎日ウォーキングをして相当汗をかいていたのに、なぜか体重は微増気味でしたが(^^;)身体的には健康に過ごしていました。
が、無事に懸案事項も片付き、身も心も軽くなったところで、こちらもちょっとペンディングになっていた塩野七生の『十字軍物語』の2巻を一気に読了しました。

1099年にエルサレム解放という最大の目的を果たした第一次十字軍。その成功は、諸侯たちの活躍があってこそだった。彼らは必ずしも常に一致団結していたわけではなかったが、エルサレムを中心とした地域を征服し、十字軍国家を築き上げ、その支配を確実にする礎となった。
しかし、1118年にエルサレム王ボードワン1世が死去した後からは、十字軍国家にはこれといって傑出したヒーローが現れなくなる。

それに対して、イスラム側には現イラク領内のモスールの太守であるゼンギがまず頭角を現し、1144年にエデッサが陥落する。
これに危機感を強めたヨーロッパ諸国に新たな十字軍の気運が高まり、フランス王ルイ7世、ドイツ皇帝コンラッド3世という、王と皇帝が率いる第二次十字軍が結成される。
しかし、鳴り物入りだった第二次十字軍はダマスカスからあっという間撤退し、失敗に終わる。

その後もヨーロッパ諸国のさまざまな事情により、十字軍諸国家は新たな兵力の増強は望めない状態になった。
それでも聖堂(テンプル)騎士団、病院(聖ヨハネ)騎士団という少人数ながら戦争の専門家の2大騎士団が結成され、無数の城塞を基地にして防衛戦を守った。1000年経った現在でも威容を誇るクラック・ド・シュバリエがその代表格。
また、地中海の制海権はピサ、ジェノヴァ、ヴェネツィアのイタリアの商業国家が握っていたため、ダマスカスを手にしたヌラディンの率いるイスラム軍との戦いでも、押され気味ながらもなんとか十字軍国家は保ってた。
エルサレム解放から約100年の間に、現地に居着いたり、そこで生まれ育ったヨーロッパ人たちは「フランク人」と呼ばれ、当時の中近東は、巡礼者、交易商人、兵士が行き交う場所となっていた。

5代目にあたる聡明なエルサレム王のボードワン4世は、子供の頃からハンセン氏病に冒されていた。不治の病に冒されながらも懸命に十字軍国家を守ろうとする若き王。それに対するのは、少数民族クルド人の出身ながら、ダマスカスについでカイロのカリフの地位も手に入れ、ついにイスラム世界を統一したイスラムの英雄サラディン。

しかし、懸命にサラディンと戦ったボードワン4世亡き後の1187年、「聖戦(ジハード)」を旗印にかかげ、バラバラになりがちなイスラムの諸侯たちを率いたサラディンに十字軍国家は破れ、エルサレムは再びイスラムの手に陥ちてしまうのであった。
エルサレム陥落の報に、ついにヨーロッパの皇帝、諸王が自発的に立ち上がる。神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世、フランス国王フィリップ・オーギュスト、イギリスの獅子心王リチャード1世による「華の第三次十字軍」が出発するのである。


「神がそれを望んでおられる」の一言で、聖地エルサレムを「解放」するために故郷を遠く離れて遙かな中近東に遠征した騎士たち。
イスラム教徒ならば問答無用で殺していいという聖堂騎士団は、普段は質素な生活をする修道士たちでしたが、その過激さゆえに、エルサレム陥落後ほぼ全員が処刑されて壊滅します。
もう一方の「病院騎士団」は、対イスラムの騎士というのは同じでも、聖地を巡礼に訪れる人々への医療行為も重要な役目なので、エルサレム陥落後もその地に残ることを認められます。
やがて、イスラムの力に押されて本拠地を移し、「ロードス騎士団」、そして「マルタ騎士団」として流転の歴史を送りますが、こちらは(名誉職的なものであるにしても)現在もローマに本部があります。

イスラムにとっては「侵略」でしかなかった十字軍。キリスト教徒だけでなく、ユダヤ教徒、イスラム教徒にとっても「聖地」であるエルサレムの地。シーア派とスンニ派の深い分裂にもかかわらず、「ジハード」という名の下、一致団結したイスラム教徒たち。

そして、ヨーロッパから武器や人を運ぶことから始まり、次第に異教徒との交易を盛んにしていくピサ、ジェノヴァ、ヴェネツィアの商人たちの姿も印象的です。「まずはヴェネツィア人、次にキリスト教徒」という標語?すらあったヴェネツィアの商人たちは、まさに中世のエコノミック・アニマルです。
「信仰」とは、「正義」とは何なのか、1000年経った今でも解決しない深い問題の根がここにあります。

ところで、ハンセン氏病を患っていたエルサレム王ボードワン4世が出てきたところで、リドリー・スコット監督、オーランド・ブルーム主演の映画『キングダム・オブ・ヘブン』を数年前に見たことを思い出しました。
オーリー(一部ではステファンが似ていると言われているw)とサラディン役のハッサン・マスードのかっこよさしか覚えていませんでしたが(^^;)オーリーの役はボードワン4世を支えたバリーアノ・イベリンという実在の騎士だったんですね。
実際にはエルサレム王国生まれの「フランク人」のイベリンですが、映画ではフランスから十字軍の一員としてエルサレムにやってきて、王の姉シビッラと恋に落ちる、という設定でした。
シビッラ役のエヴァ・グリーンはきれいでしたが、史実ではエルサレム王国滅亡のきっかけとなった無能な困ったちゃんの王女だった、とわかってちょっとがっかりです。

それから、1187年のエルサレム陥落から第三次十字軍、そして1204年の第四次十字軍によるコンスタンチノープル略奪のあたりは、ウンベルト・エーコの『バウドリーノ』の舞台です。
日本は「1192(いい国)作ろう鎌倉幕府」の時代。しょっちゅう歩いている裏山から続く古道も、バウドリーノや華の第三次十字軍の頃にできたのかぁ、と全然関係ないところで感慨深くなる私でした。
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by ciao_firenze | 2011-10-17 18:03 |

『トロイメライ・唄う都は雨のち晴れ』

懸賞 2011年 07月 24日 懸賞

f0179663_2343718.jpg池上永一『トロイメライ・唄う都は雨のち晴れ』を読了。
前作『トロイメライ』の2巻で、『テンペスト』のスピンオフ作品。
前作同様、琉球王国の新米岡っ引きの武太、那覇の十貫瀬のをなり宿の三姉妹を中心に、間切倒(財政破綻)になった村人のために雨乞いをするノロ(国家公認祈祷師)の話、新しい菓子と菓子器のコンテストを目指す若い漆職人と三姉妹の末の妹の奮闘の話、里子に出された息子を幽霊になって守る母親の話、三線の銅に張る蛇皮を巡る密貿易の話、凶作にあえぐ村を救う風水士の話、王に献上する芭蕉布の織り子と役人の悲恋話、の6話の構成。

今回は、『テンペスト』の悪役中の悪役、聞得大君が出てきますが、村人のために雨乞いをするノロを悪徳役人から守る、という王国の宗教の大本締めとして、部下からも村人からもあがめられる姿が新鮮でした。
また、『トロイメライ』で売られていった子供たちが、それぞれ糸満の海人や王宮の女官見習いとしてがんばっている様子も伝わってきます。
そしてナゾの義賊黒マンサージが再び登場しますが、またちらっと出てきた孫寧温はその正体をつかんでいる様子。ひょっとして・・・?

前作同様、トンデモ話だった本編の『テンペスト』よりも、庶民の悲喜こもごもを含め、人物たちが生き生きと描かた人情話として面白く読めました。

ところで、NHKのBS時代劇『テンペスト』も始まりましたね。
真鶴が寧温として生きていくことを決めてから、科試を受験するまでのいきさつが飛ばされただけで、原作にはかなり忠実でした。また、沖縄現地ロケのおかげで、物語の鮮やかな原色の世界がダイレクトに伝わってきます。
ただ、仲間由紀恵はどう見ても女の子にしか見えない(^^;)あれでみんながみんな、元男性の宦官だと騙されてしまうものでしょうか?
聞得大君の高岡早紀、女官大勢戸部のかたせ利乃は、さすがの貫禄。でも国母役の八千草薫はかわいすぎて、嫁の王妃をいびる御内原の一大勢力の長にはちょっと見えないかなぁ。
第1話にして4巻中2巻の頭まで進んじゃったけど、あと9話、どうなるんだろう?ということも心配です(笑)。
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by ciao_firenze | 2011-07-24 00:01 |

『トロイメライ』

懸賞 2011年 06月 15日 懸賞

f0179663_7585975.jpg池永光一『トロイメライ』を読了。

18世紀半ばの琉球王国。新米の筑佐事(ちくさじ=岡っ引き)武太(むた)は、捕り物の腕はまだまだだが、三線弾きと唄が自慢で、人情味あふれる筑佐事になることを目指して今日も那覇の町を駆け回る。

困窮のあまり一族の墓を売ってしまい、詐欺の罪で流刑になる落ちぶれ士族の妻の話、貧しい庶民を助ける義賊の話、わずかな金額で売られていく貧農の子供たちの話、100年以上前から行方不明の王宮の至宝の三線を巡る話、詐欺で訴えられる高級遊女の話、身寄りがなく一族の墓に入れなくなってしまったオバァが近所の人たち大勢に野辺送りされる話、の6つの短編からなっています。

『テンペスト』の外伝(スピンオフ)。『テンペスト』では首里の王宮を中心とした世界を描いていましたが、こちらは那覇の町の庶民の見た悲喜こもごもを描いた作品。武太の幼なじみの三姉妹がもり立てている宿屋が主な舞台なので、おいしそうな料理の描写も食欲をそそります。
また、三線を弾くだけでぶらぶらしていた武太に筑佐事の仕事を口利きしてやった涅槃寺の住職大寛長老は、かつて王宮の官吏だっただけあって顔が広いのですが、そこも各ストーリーの要となっています。
そして、『テンペスト』の主人公の評定所筆者孫寧温、部下の喜捨場朝薫、兄の花匂嗣勇、女官大勢戸部、銭蔵奉行の多嘉良、後に王の側室になる真美奈などの、おなじみの人物も1話に1人ずつ、ちらっと出てきて物語に奥行きを加えています。

あまりのメチャクチャなストーリー展開にちょっと唖然としてしまった『テンペスト』でしたが、琉球王国時代の庶民の日常を人情味あふれる視点で描く、という点からも、マンガやライトノベルのような軽い語り口も気になりませんでしたし、むしろ外伝の『トロイメライ』の方がおもしろかったです。どうやらシリーズものになりそうな感じ。最近出版されたばかりの続編も早速購入しました。
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by ciao_firenze | 2011-06-15 08:31 |

『十字軍物語・1』

懸賞 2011年 06月 02日 懸賞

f0179663_1825672.jpg塩野七生『十字軍物語』の1巻を読了。

1095年、時のローマ教皇ウルバヌス2世がフランス中部のクレルモン公会議において「神がそれを望んでおられる」と、異教徒に占領されている聖地エルサレムの奪還・解放を目的とした、十字軍の遠征を宣言する。
1096年、十字軍遠征を誓った諸侯たちがヨーロッパを出発、中近東に向かう。中でも、南フランスのトゥールーズ伯サン・ジルと教皇代理の司教アデマール、フランス北東部のロレーヌ公ゴドルロアと弟ボードワン、そして南イタリアからシチリアに本拠を置くプーリア公ボエモンドと甥のタンクレディが、第一次十字軍の主人公となった。

トゥールーズ伯、ロレーヌ公、プーリア公が中心となってはいるものの、指揮系統の統一もなく、兵站(ロジスティック)という概念もないまま、ひたすら聖地エルサレムを目指して、異教徒に「占領」されてしまったかつてのローマ帝国領の小アジア、シリア、パレスティーナを進軍していく。途中での人的補給はないままに、ローマ教皇庁、東ローマ帝国皇帝アレクシオスなどの思惑も絡みながら、彼らは時に反目し、時に協力し合いながらも、エデッサ、アンティオキア、トリポリなどの攻略に成功し、出発から3年後の1099年には「エルサレム解放」という十字軍の最大の目標を達成する。
そしてその後の18年間で北からエデッサ伯領、アンティオキア公領、トリポリ公領、エルサレム王領という、トルコ南部からシリア、パレスティーナにかけての広大な地域を「十字軍国家」が治める体制を整えたのであった。


短い文章と淡々と進む語り口に引き込まれ、面白かったです。塩野作品は、ルネサンスシリーズはほぼ読んだのですが、最大のシリーズ『ローマ人の物語』はカエサルがルビコンを渡った時点で頓挫(爆)。それもこれも、『ローマ人』シリーズの頃には、塩野さんが偉くなり過ぎちゃって、「現代社会にもの申す」みたいなところが鼻について、ちょっと遠慮だったんです。
しかし、この『十字軍物語』は、お説教くさいところが影を潜め、初期のルネサンスシリーズのような冷静な描写がとても良かったです。

特に印象的だったのは、第一回十字軍の諸侯たちの中でも、プーリア公ボエモンドの甥のタンクレディ。ほかの不惑の年を過ぎた壮年以上の諸侯については、実に淡々と描かれているのですが、36歳で死ぬタンクレディに対する塩野さんの扱いがどうも違う(笑)。激しやすく無鉄砲な暴れ馬だが、戦争のセンスは抜群で、少ない兵力で次々と周辺諸地域を征服していく、と、いかにも塩野さん好みの血気盛んな若造の姿が生き生きと描かれています。
実は、私も「タンクレディと言えば、ひょっとして・・・」と思いつつ読んでいたのですが・・・。

「歴史上のタンクレディは、若さの象徴と見なされてきた。(中略)そして、20世紀。ヴィスコンティが監督した映画『山猫』である。あの映画でアラン・ドロンが扮した若さあふれる老公爵の甥を、この映画の原作を書いたシチリアの作家ランペドゥーサは、タンクレディと名づけたのであった。」(278ページ)

19世紀後半のシチリア王国という滅び行く旧体制を体現するバート・ランカスターが演じるサリーナ公爵。それに対して、統一国家イタリアを目指して決起した赤シャツ隊に身を投じる、新時代を代表する甥のタンクレディ。
この元キャラがプーリア公とその甥タンクレディ、という組み合わせから来ていたのかとわかって納得しました。
というか、第一回十字軍の進撃を追っているうちに、どうしてもタンクレディは黒髪碧眼の颯爽とした細身の若者に思えて仕方がなかったのです。塩野さんも全く同じことを思っていたのかと思うと、ちょっとうれしくなったのでした。

『ローマ人』シリーズでは、すっかり「現代日本社会にもの申す」になっちゃてったし、それがあったからおじさんたちにも大いに受けたんでしょうけど、、塩野作品にはこういうちょっとしたミーハー風味が、元々の魅力だったんですよ。
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by ciao_firenze | 2011-06-02 18:54 |

『テンペスト・2夏雲』『テンペスト・3秋雨』『テンペスト・4冬虹』

懸賞 2011年 05月 11日 懸賞

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池上永一作、『テンペスト』の第2巻から第4巻を読了。

本来なら1巻ずつ読んでは簡単なあらすじと感想を記しているのですが、一気に読んでしまったためまとめます。と言うよりも、あらすじを順を追って書こうと試みましたが、自分で書いていて「なんじゃこりゃ?」と思うほどのあまりの脈絡のない展開に改めてビックリ、というのが正直なところです。

イギリスの難破船やペリー艦隊との外交交渉などの場面はなかなか面白いのですが、政敵である聞得大君や女官大勢頭部との対立はまだしも、清朝の好色な宦官が登場するあたりから、ストーリーがハチャメチャになってきます。
役人(男性)として八重山に流刑になったのに、側室(女性)として王宮に返り咲くという、波乱万丈というよりもトンデモストーリーの上に、主人公の人格の男女の入れ替わりが衣装を変えるだけで簡単に成され、恋人や親友、同僚などの身近な周囲はいっさい気づかない、というのがあまりに不自然。主人公はあまりに美しく、頭脳明晰で語学の天才、という超人的な設定にもかかわらず、肝心の性格には一貫性が感じられません。
主人公の兄や腹心の部下などもすぐに敵の罠にひっかかってだまされ、自分で考えることをしない。したがって人間的な魅力のあるキャラクターがほとんどいない上、兄、恋人、親友などの主要人物の扱いも、最後は「これでいいのか?」と思うほどあっさりしすぎです。

琉球王国終焉の歴史を描きたかったにしても、ペリー来航までは詳細なのに、その後の幕末の動乱から明治維新、そして廃藩置県までの流れがあまりに駆け足過ぎです。また、清国の衛星国として日本本国よりも海外情勢に明るかったはずなのに、アヘン戦争後の清国国内の混乱の現状について、王府の役人たちがあまりに知らなさ過ぎるのも?です。
沖縄といえば戦争というイメージしか知られていませんが、琉球の歴史を知るとっかかりとしては良い素材です。でもせっかくの良い素材をうまく料理し切れていない感じで残念。

小説というよりもマンガのような展開で、第1巻を読み終わったときには『べるばら』や『蒼穹の昴』が彷彿されると思いましたが、マンガのプロットとしても『べるばら』の方が数段上だし、ましてや大河近代史小説としては『蒼穹の昴』に及ぶべくもありません。通勤通学の電車の中での暇つぶし程度にオススメとは思いますが。

今年2月の舞台はどんな感じだったのでしょうね。いくつかのエピソードだけをピックアップすれば、面白いとは思います。6月からのBSドラマも大幅にストーリーが整理整頓されたものになっているような気がします。
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by ciao_firenze | 2011-05-11 13:49 | 未分類

『テンペスト・1春雷』

懸賞 2011年 04月 06日 懸賞

f0179663_1431793.jpg池上栄一『テンペスト』の第1巻「春雷」(角川文庫版)読了。

19世紀後半の琉球王国。真鶴は父の遺言に従い、我が家の再興を目指すため、孫寧温という男性になって生きていく決意をし、史上最年少の13歳で科試を突破し、首里城に出仕する。

当時の琉球は清国との朝貢関係にありながらも、薩摩藩からも完全支配を狙われていた。清国と薩摩藩という2大勢力の狭間で小国琉球が生き延びるためには、絶妙のバランス感覚と外交手腕が必要とされていた。

また、琉球の王宮は男性による表舞台=政治、女性たちの裏舞台=後宮の他に、「京の内」と呼ばれる宗教世界の3つで成り立っている独特の場所だ。
表舞台での頂点が王、後宮の頂点が王妃、というのはどこの専制国家でも見られるが、琉球に特有の「京の内」には、王の姉妹である王族神・聞得大君(きこえのおおきみ)が君臨していた。
これら複雑な勢力関係の中に放り込まれ、嫉妬と非難にさらされながらも、寧温は評定所筆者という高級官僚として、王府の財政再建に取り組んでいく。


仲間由紀恵主演の舞台のポスターは見かけていたのですが、知人から薦められて読むことに。
男装の美少女というと、なにやら『べるばら』のオスカル風。王宮内の上司や同僚、反対勢力のいじめや嫌がらせに遭いながらも、次々と難題を解決していく早熟の天才というのは、『蒼穹の昴』の春児や文秀風。さらには彼女を見守る兄が女装の天才女形というところは、兄妹が入れ替わった古典『とりかへばや物語』風。

琉球王朝の歴史の秘密なども絡み、表題どおりの波乱万丈なストーリー展開が予想される娯楽小説です。
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by ciao_firenze | 2011-04-06 15:00 |

ウンベルト・エーコ『バウドリーノ・下』

懸賞 2011年 03月 23日 懸賞

f0179663_1853324.jpgここ10日ほど読書どころではなかったのですが、ようやく下巻を読了。

第4回十字軍の暴徒が跋扈するコンスタンティノープルから脱出するビザンツ帝国高官のニケタス・コニアデスに同伴することになったバウドリーノ。道中、自分の数奇な運命を引き続きニケタスに語る。

バウドリーノは義父の神聖ローマ皇帝フェデリーコの第3回十字軍遠征に加わることになった。十字軍遠征に志願してきた故郷アレッサンドリアの旧友たちとも再会し、パリの遊学時代からの友とともに東方を目指す。もちろん、彼らの最終的な目的地は聖地エルサレムではなく、伝説の司教ヨハネの王国だ。
ところが、遠征軍が小アジアまでたどり着いた時に、義父のフェデリーコが謎の死を遂げる。自分たちに皇帝の死の嫌疑がかかるのを逃れるため、バウドリーノ一行は十字軍から離れ、司教ヨハネの王国を目指して出発する。

一行は、バジリスク、マンティコア、キマイラなどの数々の怪物と遭遇しながら、触れると全身が真っ黒になる石が川床に広がっているブブクトル川、ギリシャ語を話す裸形者(ギュムノソフィスタイ)の村、真っ暗闇のアブハジアの森、轟音を響かせながら大小の石が転がるサンバティオン川を越えて旅を続ける。
長い旅の末、ついに司祭ヨハネの息子の助祭ヨハネの属州プンダペッツィムに到達する。そこには一本足のスキアポデス族、頭のないブレミエス族、巨大な耳を持つパノッティ族、舌なし族など、さまざまな異形の民族たちが共存していた。彼らはみなキリスト教徒なのだが、それぞれが神学的にお互いを「悪く考える=異端」とみなしている。しかし、共通の敵として、いつの日か凶暴な騎馬民族白フン族が攻めてくる、と信じていた。
バウドリーノたちは司祭ヨハネに使いを送るが、いつまで待っても返事は来ない。使者が司祭ヨハネの王国にたどり着いたのかどうか、そもそも司祭ヨハネの王国が本当に存在するのかどうか、それすらも次第に彼らにはわからなくなってきた。

そんなある日、暇をもてあまして町の外に出かけたバウドリーノは、森の中の湖のほとりで一角獣を連れた美しい貴婦人ヒュパティアに出会い、たちまち恋に落ちる。
しかし、とうとうプンダペツィムに白フン族が襲来した。

バウドリーノ一行とプンダペッツィムの住民たちの白フン族との戦い、脱出、そして彼らは司祭ヨハネの王国へ行くことはあきらめて、再び西方へと長い旅に出る。
多くの仲間を失いながら、コンスタンティノープルにようやくたどり着いたのが、ちょうど1204年。混乱するコンスタンティノープルでバウドリーノは義父フェデリーコを殺した犯人と決着をつけた直後にニケタスに出会ったのだった・・・。


北イタリアとドイツを舞台にした歴史的叙述の多かった上巻から一転して、下巻では数々の伝説の怪物や異形の人々が登場するファンタジー作品となっています。
しかし、異形の民族がそれぞれ信奉する「異端」は、まさにキリスト教の神学論争の核心を突いており、特にヒュパティアの語る神学的説明は実に難解です。このあたりはさすがエーコ作品といった感じで、ただの娯楽小説とは一線を画しています。

とはいえ、聖杯伝説、三賢王伝説、十二使徒、聖遺物、十字軍、一角獣を連れた貴婦人というモチーフ、数々の怪物、そして中世における知識=神学など、物語全般で中世という時代の人々のメンタリティをうまく表しています。
また、皇帝フェデリーコの死の謎、バウドリーノと仲間たちの友情や、エーコ自身の故郷であるアレッサンドリアの町に伝わる伝説も描かれ、いわば奥の深い知的歴史ファンタジー作品として、とても楽しく読みました。
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by ciao_firenze | 2011-03-23 19:08 |

ウンベルト・エーコ『バウドリーノ・上』

懸賞 2011年 02月 13日 懸賞

f0179663_22371697.jpg岩波書店のウンベルト・エーコ『バウドリーノ・上』(堤康徳訳)を読了。ハードカバーを読むのは珍しいのですが、たまたま新聞の書評で興味を持ったと話したところ、イタリア語の先生が訳者から進呈されたから、と貸してくれました。

1204年、第4回十字軍に蹂躙されているコンスタンティノープル。ビザンツ帝国の書記官長ニケタス・コニアテスは、あやうく「ラテン人」の暴徒の手にかかりそうになったところを、偶然バウドリーノに救われる。
ビザンツ帝国の廷臣であるだけでなく、著名な歴史家であるニケタスを救い出したバウドリーノは、自らの数奇な半生を語り始める。
彼は北イタリアの霧深い田舎の貧しい農夫の子だったが、ひょんなことで時の神聖ローマ皇帝フリードリヒ(イタリア語名はフェデリーコ)1世バルバロッサ(赤髭王)と出会い、気に入られて皇帝の養子となる。
天賦の語学の才能と持ち前の機知を開花させ、ドイツ、イタリア、パリ、ビザンツと、中世世界を股にかけたバウドリーノの冒険が始まる。

中世ヨーロッパ史では、神聖ローマ帝国皇帝とローマ教皇との世俗の権力争いが1つの軸となりますが、自治都市として次第に力をつけつつあったイタリアの諸都市にとっては、皇帝派と教皇派に分かれてお互いに手を組んだり寝返ったりの繰り返しの歴史でした。
このあたりの事情を予備知識として持っていれば、イタリア諸都市同士で戦争や略奪が頻繁に行われる事情、各都市の変節漢っぷりがよくわかります。

ところで、つい先日、BSで大航海時代の番組を見ました。
数百年に渡って聖地奪還という大義名分の下、繰り返された十字軍。その原動力は、宗教的熱狂のみならず、当時の先進国であったイスラム文化に対する憧れと言われています。
しかしそれだけでなく、中世では、イスラム諸国のさらに東、当時は全部ひっくるめて「インド」と言われていた地域に「司祭ヨハネの王国」というキリスト教国がある、という風聞がキリスト教国に広まっていたそうです。
司祭ヨハネはキリストの生誕を祝しに来た東方の三賢王の子孫で、彼の王国とヨーロッパのキリスト教諸国で、イスラム諸国を挟み撃ちにすれば、聖地エルサレムを奪回できると人々は思い、キリスト教の各国の君主たちは、なんとか司祭ヨハネの王国を探し出そうとしていた、さらにはこの思いが、やがてはインド航路を発見し、大航海時代へとつながっていくのだという内容の番組でした。
その「司祭ヨハネの王国」からの手紙も小説『バウドリーノ』の大きなキーとなっています。

また、中世ヨーロッパ各地で信者たちの信仰の対象となっている「聖遺物」。現在もドイツのケルン大聖堂には、東方の三賢王の頭蓋骨が聖遺物として納められています。この三賢王の遺体がケルンに運ばれるまでのいきさつも、この小説には描かれています。
そして聖杯伝説、聖櫃伝説も絡んできて、まさに中世ヨーロッパ人のメンタリティが存分に伝わります。

バウドリーノは、その機知によって義父である皇帝フェデリーコに愛され、信頼を寄せられています。「機知に富む」とは、すごく悪い表現をすれば「稀代のペテン師」とも言えます。自身も賢いフェデリーコは「バウドリーノがあるといえば、ないものもあることになる」ことを知っています。バウドリーノの語ることのどこまでが真実でどこからが嘘なのか、嘘は大きければ大きいほど真実になるのか。

エーコの作品といえば、『薔薇の名前』を映画で見ただけですが、『フーコーの振り子』など、あまりの難解さに「知的体力」が要求される、と聞いていましたが、これは痛快な歴史冒険奇譚といったところ。
どことなく『デカメロン』的に笑える部分もあり、このあたりはエーコの本領発揮のみならず、翻訳者の力量もすばらしいのでしょう。
エーコ自身の出身地である北イタリアの町アレッサンドリアの歴史も絡めながら、長い間小国が分立していたイタリアの複雑な歴史を知るにも絶好の小説です。
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by ciao_firenze | 2011-02-13 23:02 |