『十字軍物語・1』

懸賞 2011年 06月 02日 懸賞

f0179663_1825672.jpg塩野七生『十字軍物語』の1巻を読了。

1095年、時のローマ教皇ウルバヌス2世がフランス中部のクレルモン公会議において「神がそれを望んでおられる」と、異教徒に占領されている聖地エルサレムの奪還・解放を目的とした、十字軍の遠征を宣言する。
1096年、十字軍遠征を誓った諸侯たちがヨーロッパを出発、中近東に向かう。中でも、南フランスのトゥールーズ伯サン・ジルと教皇代理の司教アデマール、フランス北東部のロレーヌ公ゴドルロアと弟ボードワン、そして南イタリアからシチリアに本拠を置くプーリア公ボエモンドと甥のタンクレディが、第一次十字軍の主人公となった。

トゥールーズ伯、ロレーヌ公、プーリア公が中心となってはいるものの、指揮系統の統一もなく、兵站(ロジスティック)という概念もないまま、ひたすら聖地エルサレムを目指して、異教徒に「占領」されてしまったかつてのローマ帝国領の小アジア、シリア、パレスティーナを進軍していく。途中での人的補給はないままに、ローマ教皇庁、東ローマ帝国皇帝アレクシオスなどの思惑も絡みながら、彼らは時に反目し、時に協力し合いながらも、エデッサ、アンティオキア、トリポリなどの攻略に成功し、出発から3年後の1099年には「エルサレム解放」という十字軍の最大の目標を達成する。
そしてその後の18年間で北からエデッサ伯領、アンティオキア公領、トリポリ公領、エルサレム王領という、トルコ南部からシリア、パレスティーナにかけての広大な地域を「十字軍国家」が治める体制を整えたのであった。


短い文章と淡々と進む語り口に引き込まれ、面白かったです。塩野作品は、ルネサンスシリーズはほぼ読んだのですが、最大のシリーズ『ローマ人の物語』はカエサルがルビコンを渡った時点で頓挫(爆)。それもこれも、『ローマ人』シリーズの頃には、塩野さんが偉くなり過ぎちゃって、「現代社会にもの申す」みたいなところが鼻について、ちょっと遠慮だったんです。
しかし、この『十字軍物語』は、お説教くさいところが影を潜め、初期のルネサンスシリーズのような冷静な描写がとても良かったです。

特に印象的だったのは、第一回十字軍の諸侯たちの中でも、プーリア公ボエモンドの甥のタンクレディ。ほかの不惑の年を過ぎた壮年以上の諸侯については、実に淡々と描かれているのですが、36歳で死ぬタンクレディに対する塩野さんの扱いがどうも違う(笑)。激しやすく無鉄砲な暴れ馬だが、戦争のセンスは抜群で、少ない兵力で次々と周辺諸地域を征服していく、と、いかにも塩野さん好みの血気盛んな若造の姿が生き生きと描かれています。
実は、私も「タンクレディと言えば、ひょっとして・・・」と思いつつ読んでいたのですが・・・。

「歴史上のタンクレディは、若さの象徴と見なされてきた。(中略)そして、20世紀。ヴィスコンティが監督した映画『山猫』である。あの映画でアラン・ドロンが扮した若さあふれる老公爵の甥を、この映画の原作を書いたシチリアの作家ランペドゥーサは、タンクレディと名づけたのであった。」(278ページ)

19世紀後半のシチリア王国という滅び行く旧体制を体現するバート・ランカスターが演じるサリーナ公爵。それに対して、統一国家イタリアを目指して決起した赤シャツ隊に身を投じる、新時代を代表する甥のタンクレディ。
この元キャラがプーリア公とその甥タンクレディ、という組み合わせから来ていたのかとわかって納得しました。
というか、第一回十字軍の進撃を追っているうちに、どうしてもタンクレディは黒髪碧眼の颯爽とした細身の若者に思えて仕方がなかったのです。塩野さんも全く同じことを思っていたのかと思うと、ちょっとうれしくなったのでした。

『ローマ人』シリーズでは、すっかり「現代日本社会にもの申す」になっちゃてったし、それがあったからおじさんたちにも大いに受けたんでしょうけど、、塩野作品にはこういうちょっとしたミーハー風味が、元々の魅力だったんですよ。
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by ciao_firenze | 2011-06-02 18:54 |

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