ウンベルト・エーコ『バウドリーノ・上』

懸賞 2011年 02月 13日 懸賞

f0179663_22371697.jpg岩波書店のウンベルト・エーコ『バウドリーノ・上』(堤康徳訳)を読了。ハードカバーを読むのは珍しいのですが、たまたま新聞の書評で興味を持ったと話したところ、イタリア語の先生が訳者から進呈されたから、と貸してくれました。

1204年、第4回十字軍に蹂躙されているコンスタンティノープル。ビザンツ帝国の書記官長ニケタス・コニアテスは、あやうく「ラテン人」の暴徒の手にかかりそうになったところを、偶然バウドリーノに救われる。
ビザンツ帝国の廷臣であるだけでなく、著名な歴史家であるニケタスを救い出したバウドリーノは、自らの数奇な半生を語り始める。
彼は北イタリアの霧深い田舎の貧しい農夫の子だったが、ひょんなことで時の神聖ローマ皇帝フリードリヒ(イタリア語名はフェデリーコ)1世バルバロッサ(赤髭王)と出会い、気に入られて皇帝の養子となる。
天賦の語学の才能と持ち前の機知を開花させ、ドイツ、イタリア、パリ、ビザンツと、中世世界を股にかけたバウドリーノの冒険が始まる。

中世ヨーロッパ史では、神聖ローマ帝国皇帝とローマ教皇との世俗の権力争いが1つの軸となりますが、自治都市として次第に力をつけつつあったイタリアの諸都市にとっては、皇帝派と教皇派に分かれてお互いに手を組んだり寝返ったりの繰り返しの歴史でした。
このあたりの事情を予備知識として持っていれば、イタリア諸都市同士で戦争や略奪が頻繁に行われる事情、各都市の変節漢っぷりがよくわかります。

ところで、つい先日、BSで大航海時代の番組を見ました。
数百年に渡って聖地奪還という大義名分の下、繰り返された十字軍。その原動力は、宗教的熱狂のみならず、当時の先進国であったイスラム文化に対する憧れと言われています。
しかしそれだけでなく、中世では、イスラム諸国のさらに東、当時は全部ひっくるめて「インド」と言われていた地域に「司祭ヨハネの王国」というキリスト教国がある、という風聞がキリスト教国に広まっていたそうです。
司祭ヨハネはキリストの生誕を祝しに来た東方の三賢王の子孫で、彼の王国とヨーロッパのキリスト教諸国で、イスラム諸国を挟み撃ちにすれば、聖地エルサレムを奪回できると人々は思い、キリスト教の各国の君主たちは、なんとか司祭ヨハネの王国を探し出そうとしていた、さらにはこの思いが、やがてはインド航路を発見し、大航海時代へとつながっていくのだという内容の番組でした。
その「司祭ヨハネの王国」からの手紙も小説『バウドリーノ』の大きなキーとなっています。

また、中世ヨーロッパ各地で信者たちの信仰の対象となっている「聖遺物」。現在もドイツのケルン大聖堂には、東方の三賢王の頭蓋骨が聖遺物として納められています。この三賢王の遺体がケルンに運ばれるまでのいきさつも、この小説には描かれています。
そして聖杯伝説、聖櫃伝説も絡んできて、まさに中世ヨーロッパ人のメンタリティが存分に伝わります。

バウドリーノは、その機知によって義父である皇帝フェデリーコに愛され、信頼を寄せられています。「機知に富む」とは、すごく悪い表現をすれば「稀代のペテン師」とも言えます。自身も賢いフェデリーコは「バウドリーノがあるといえば、ないものもあることになる」ことを知っています。バウドリーノの語ることのどこまでが真実でどこからが嘘なのか、嘘は大きければ大きいほど真実になるのか。

エーコの作品といえば、『薔薇の名前』を映画で見ただけですが、『フーコーの振り子』など、あまりの難解さに「知的体力」が要求される、と聞いていましたが、これは痛快な歴史冒険奇譚といったところ。
どことなく『デカメロン』的に笑える部分もあり、このあたりはエーコの本領発揮のみならず、翻訳者の力量もすばらしいのでしょう。
エーコ自身の出身地である北イタリアの町アレッサンドリアの歴史も絡めながら、長い間小国が分立していたイタリアの複雑な歴史を知るにも絶好の小説です。
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by ciao_firenze | 2011-02-13 23:02 |

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