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『蒼穹の昴 3』

懸賞 2010年 04月 22日 懸賞

『蒼穹の昴 3』_f0179663_155371.jpg浅田次郎『蒼穹の昴』講談社文庫版第3巻。

1895年の甲午の役は、一般には日清戦争と呼ばれているが、実は日本が相手にしたのは「清国」ではなかった。汚職と腐敗で財政破綻した清国には、近代的軍備も戦費もまかなえるはずもない。天津総督李鴻章が私財をなげうって造った北洋艦隊と近代式軍隊、つまり日本対李公の私兵の戦いだったのだ。新興国の日本に対する敗北で、欧米列強の清国分断領有の意図はさらに露骨になってきた。

そのような国家的危機を乗り越えるためには、西太后から政治の実権を取り上げて引退させ、光緒帝による親政の開始、近代国家として生まれ変わるための「変法洋務」が不可欠と考える急進派・若手の帝党と、旧来の利権を失うまいとする后党の争いは激しさを増し、ついに帝党の理論的支柱である皇帝の師・楊喜楨が暗殺される。
上司であり、師であり、舅でもある楊を失った文秀は、大変なショックを受けながらも一計を案じ、政治的混乱をなんとか阻止しようとする。

しかし、光緒帝の叔父であり、咸豊帝(西太后の夫)の実弟でもある、有能な満州皇族恭親王も死去し、変法派の急進主義者・康有為の暴走をなんとかおしとどめていた安全弁がついになくなってしまった。
帝党と后党の争いが爆発すると、その混乱に乗じて租界の自国民を守るという大義名分の下、列強諸国が軍事介入してくるのは目に見えている。

一触即発の政治状態の中、香港の割譲を迫るイギリス。もしここで折れれば、イギリスに対抗してフランス、ロシア、ドイツ、日本が次々に清国の領土を侵食し、清国はバラバラに分割され、崩壊を免れないことは目に見ていた。その危機を、全権大使の老李公は「99年の期限付き」という条件の「租借」という形で乗り切る。

ところで、「西太后=則天武后並の亡国の悪女」というイメージは、欧米諸国の清国侵略を正当化するためのマイナスキャンペーンとして広められたものだった。
「東洋の謎の国を牛耳る悪女」という記事を本国に送り続ける外国人記者たちの中には、西太后の真の人となりや生活ぶりを知る者はほとんどいない。
そんな中、『万朝報』の日本人記者・岡圭之介とニューヨークタイムスのトーマス・バートンの独占取材を受けたのは、いまや西太后の一番のお気に入りで後宮の若手ホープ掌案的となった春児だった。

こうして、改革派の文秀と西太后の側近春児も時代の激流に飲み込まれていくことになる。

1997年6月30日、香港の中国返還はまだ記憶に新しいですが、その「99年租借」の条約が取り決められたいきさつが興味深かったです。
100を完全とする中国では、それに一歩届かない99は永遠を意味します。そして数字の「99」と永遠の「久久」は同じ「ジウジウ」という発音。99年後には清国は続いてはいないだろうが、政権はどこかにあり、中国と中国人は存在し続けている。中国人の大義名分とヨーロッパ人の合理性をともに満足させる解決方法だった、というのです。

小説の冒頭部分の科挙のくだりでは、唐代か、宋代か、大昔の中国の歴史小説かのような印象を持った、と書きましたが、間違いなく近代を舞台にした歴史小説であり、現代世界にもそのまま継承しているさまざまな問題が描かれているということを実感しました。

このお話はあと1巻ですが、続編の『珍妃の井戸』、そしてさらに舞台は20世紀の『中原の虹』へと続いているとわかり、ますます楽しみになってきました。

by ciao_firenze | 2010-04-22 15:49 |

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